Cat Schroedinger の 部屋
 
                        雑談の部屋です。
 



2012年9月を表示

停電

 6時過ぎから突然停電。夕食が済んだ後だったのですが、何も出来なくなって大変。

 非常灯が点いてる内はまだ何とかなりましたが、3時間以上とも成ると、家中真っ暗。

 仕方ないので停電していない所のデニーズに行って夜食摂ったり、お茶飲んで過ごしました。携帯で停電回復情報を見ていると、だんだん回復戸数が増えて来るのが解ります。

 ようやく我が家の町名も回復に入り、帰宅!
 やれやれです。

 何年も住んでいるのに、こんなに長い停電は今年に入って2回目です。

 停電していると、原発も簡単に反対できないな~と言う気持ちにもなります。こんなに長い停電が続くようになったのは、ひょっとして中部電力の陰謀では(笑)

 



2012年9月30日(日)23:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

インバーターで100V電源を

 車の純正ナビをパイオニアのに交換しました。ついでにレーダー取り締まり対応器も新調しました。

 スマートフォンにしてから電池の減りが早いので、バッテリーから直接電源を取りインバーターで100V電源を車内で使えるようにしました。これで携帯の種類を問わず充電できるし、PCの充電、カメラの充電もOKです。

 



2012年9月29日(土)23:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | 車の話 | 管理

元気が出ない

 旅疲れかどうも元気が出ない~~

 やっぱり仕事より、遊んでいる方が楽しい!
 
 戻ったばかりなのに、また旅行したいな~~



2012年9月28日(金)23:55 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

旅行の楽しみが倍増

 旅行中長い移動時間があったので、mixiにつぶやいていたら、友人のKUUGAさんからコメントを沢山いただきました。この分野に関して大変な見識の持ち主で、旅行の楽しみが倍増しました。一人旅なのに、素晴らしい友人と旅行したような気分です。

 萩のような城下町は道も入り組んでいて、GPSもあった方が便利だし、携帯で文章を打ち込むのは大変なので、テザリング対応の小さなPCか3G対応のi-Padが欲しくなりました。

 

 その文章を掲載

 >松下村塾と高杉晋作の自宅は近くだったでしょ? 狂い人の松陰の下へ通うのを、高杉の親は許さなかったのですが、夜な夜なコッソリ自宅を抜け出して通ってました。久坂玄瑞と高杉晋作は松陰の教え子の2トップです。

 私の返事
 高杉晋作邸は城下町で、現在の松下村塾は離れています!ただ叔父の玉木分之進が自宅に松下村塾を開き、松陰はそれを受け継いだそうです。場所も移動したようです。僅か1年余りでしたが、身分、階級の区別無く、若い塾生は、知識以上に新しい精神や、考え方を学びました!当時としては、とんでもない考え方だったでしょうね


 >吉田松陰は普段は温厚な人物ですが、やはりそこは歴史に名を残すだけのことはあって、(詳しくは書きませんが)吉田松陰と松代藩の佐久間象山は、我々は幕末の狂い人と呼び尊敬しています(笑)  真直ぐな人が多かったのも幕末の特徴ですね。 佐幕・討幕・攘夷・尊王・開国、みなそれぞれに正しいのです。


 >萩の街は昔の景観を維持しているので和服で歩くのがとても似合います。毎年10月の3連休あたりに「着物ウォーク」というイベントがあり、去年今年と誘われたのですが都合が付かず断念しました(以上、蛇足w)

 >何しろ遠いですね、萩は。著名な史跡巡りだけで2泊3日コース、下関も入れると1週間の休暇をいただくのがネックですが、必ずや行きますよ。松下村塾は年に数回の上がれる機会にでも。



2012年9月27日(木)01:38 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

疲労が極限に

 旅行から帰ったばかりなのに、昨夜は集まりがあり超疲れ状態。
 更に今夜はチェロのレッスン

 写真の整理もはかどりません。とにかく思いつくまま誤字脱字の文書を書いて、写真を投稿して今日はもう寝ます。

 バタリ (o_ _)o ~



2012年9月26日(水)22:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

今回の旅行で、一番感動した風景の写真

「みすゞ」が竜宮みたいに浮かんでいると詠った、仙崎の町が一望できる王子山からの写真です。大げさと思っていましたが、見てびっくりしました。まさに浮かんでいるようです。




「王子山」

公園になるので植ゑられた、
櫻はみんな枯れたけど、
 
伐られた雑木の切株にや、
みんな芽がでた、芽が伸びた。
 
木(コ)の間に光る銀の海、
わたしの町はそのなかに、
籠宮みたいに浮んでる。
 
銀の瓦と石垣と、
夢のやうにも、霞んでる。

王子山から町見れば、
わたしは町が好きになる。

干鰮(ホシカ)のにほいもここへは來ない、
わかい芽立ちの香がするばかり。



2012年9月25日(火)20:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

9月24日 萩を立つ

 昨夜の夕食はホテルで教わった、和食の店でした。ごく普通の店でしたが、お奨めはイカの活き作りでした。

 目の前の生け簀に生の剣先イカが泳いでいます。飛び跳ねるので、ビニールのカバーが掛かっています。

 もちろん活き作りを注文、足は天ぷらにすると聞いたのですが、出てきたイカを見てびっくり!!

 足も付いていて、大きな目玉が付いていてこちらを睨んでいました。とてもじゃないから直ぐに取ってもらって、直ぐに天ぷらにしてもらいました。
 それでも内臓の辺りの血管がヒクヒクしていました。

  味はもの凄く良かったけど、勇気の要る食べ物でした。

 更にサザエの壺焼きで、サザエも良かったけど、味が関西風で、少し醤油を垂らしました。銘柄は聞いたけど忘れた、日本酒を飲みました。おにぎりは大きいのが二つだったので、一つはおみやにしてもらい、ホテルで夜中に食べました。



 あんまり怖がるので、お店の人に笑われました。海辺の人には敵いません。この写真は足と目玉は取ってあります。
 くれぐれも目玉は天ぷらにしないよう、きつく注文!


 



 駅前の橋を渡って直ぐ左三角お屋根で、窓が6コ見える小さなのホテルでした。

 オーナーがとても親切で、陶芸体験から、町のこと、食事の店までずいぶん世話になりました。

 



 東萩駅からバスで新山口まで向かいます。房州バスとJRバスがありますが、時間的にJRに乗りました。駅で切符を買ったら、新幹線の切符と同じ形式でした。

 1時間半の予定が、2時間近くかかって山口市を抜けて新山口に到着。中原中也記念館を見たかったのですが、月曜休みのため今回は外しました。



2012年9月24日(月)17:36 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

9月23日 松下村塾

 天気が良くて暑く、歩くのに疲れましたが、明日の天気が心許ないので、意を決して松下村塾に向かいました。

 人でも多く賑わっていました。写真で見てはいましたが、やはり小さな建物でした。武士の格好をした観光の方がおられたので、写真を撮りました。

  吉田松陰については、密出国、松下村塾の辺りしか知りませんでしたが、兵学を教えるため幼い頃から、英才教育を受けており、日本各地へ出かけています。罰を受けた後、多くの若者が教えをこいに集まったようです。

 少し無鉄砲で、ルールを無視し過ぎる人でした。でもそれが弟子に説得力が有ったと思われます!

 世の中を激変させるような人は、織田信長や、松陰のように、ルール無視でないと、出来ません!もちろん抵抗勢力により、ひどい目にあいました。ある意味、必然的でした。



 これが教室です。多くの塾生が居たとは思えないほどの、小さな部屋でした。


 松下村塾と、松下政経塾を勘違いしていた方がいました!どちらも、首相を出していますが・・・(笑)



2012年9月23日(日)17:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

9月23日午後 萩 市内観光

 萩の一番の魅力は、古い町並みです。特に萩城の城下町は江戸時代から変わることなく保存されています。その真ん中に萩博物館があります。まずは博物館に行きました。

 楫取素彦(かとりもとひこ)と幕末・明治の群像展が開催されていました。
楫取素彦は吉田松陰・久坂玄端と義兄弟の間柄で、松陰の後継者として松下村塾で指導しました。人脈は広く、木戸孝允、坂本龍馬、西郷隆盛らと協力し倒幕に活躍しました。

 吉田松陰を始めとして、山口を代表する幕末の人間関係が、詳細に説明されていました。詳しく見ていると、これだけでも2~3時間かかりそうなので、適当に見学しました。長州がは別れてはいましたが、元々は毛利家が分家した物で、全体ではほぼ今の山口県全体面積でした。豊かで貿易も盛んで、幕府に対抗できる力を付けていたようです。

 さらに高杉晋作のコーナーもあり、これもとても素晴らしい展示でした。

 博物館を出て、高級家臣のいた方向に向かい、萩城址に着きました。右に曲がると萩の浜です。とても美しい海岸でした。



 北門から中級、下級武士の住んでいた城下へ戻りました。通りには萩焼の店も多く、ちょこちょこ覗きながら歩くので、とても時間がかかりました。

 この萩焼の店は、品物がすべて薪で焼成しているそうで、鬼萩が専門でした。とても良い物が揃っていました。



 城下の定番の木戸孝允の屋敷は大変大きく、立派な建物でした。休日なので大変な賑わいでした。


 直ぐ傍の青木周弼(あおきしゅうすけ)宅を訪問。彼は当時日本屈指の蘭学者でした。オランダ医学を学び、多くの弟子を育てました。


 高杉晋作の家はここ菊屋横町のの大きな屋敷で生まれました。200石の禄高だったので、藩政時代は500坪有ったそうです。


2012年9月23日(日)14:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

9月23日午前中 萩 陶芸体験

 朝食を取りホテルからバスで駅まで送ってもらいましたが、同じ電車に乗るので結構な人数でした。1時間~2時間に一本の電車に乗ってほっと一息つきました。気ままな一人旅ですが、交通が不便なところでは時間制限が厳しく、神経質になります。もうこれで厳しい日程は終わりかと思うと、気が楽になりました。

 9時38分憧れていた東萩到着です。駅からすぐ側の小さなホテルに到着。荷物を預け町の事を聞きました。陶芸体験についても下調べしておいた教室の評判を聞き、萩焼会館へ電話しました。午後からは予約が一杯だそうで、午前中の予約が取れてすぐさま向かいました。

 轆轤(ろくろ)の癖が強く速度がままならなくてちょっと苦労しました。萩の土は初めてでしたが、先生が良く教えてくれました。もう少し土を伸ばすように言われたので、気合いを入れ薄く挽いたら、轆轤的には良く挽けたのですが、薄めの萩になったと言われました。一般に萩の土はさっくりしているので、薄くは挽きにくいとのことでした。いつも信楽の土を使っているので、感じが違いました。
 
 先生がいろいろ教えてくれるので、良い形になりましたが、直しすぎて勢いがないので、追加注文で、もう一つ一人で一気に作りました。ある程度出来ると見て、途中から先生も直接指導しない代わりに、萩土の特徴や焼き方について話してくれました。

 焼き方で御本手を希望したら、この土では出ないとのこと、御本手の土はもう少し荒い土だそうで、割れる心配があるので安全な土を使っているとのこと、ちょっとがっかり。






 受付で申込書と送り状を書き、隣の建物で作陶しました。何を作っても同じ料金なので、萩独特の高麗茶碗に挑戦しました。



 受付に戻ると「如何でしたか?」と訪ねられ、携帯で撮った写真を見せると、驚いていました。さらに挽き上がった物を見に行ってしまいました。
 戻ってきて、「お上手ですね~~」と誉められました。もちろん経験したことがない人に比べての話です。

 朝早く一仕事終わって、いよいよ市内観光です。



2012年9月23日(日)11:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

9月22日 長門湯本

 何個もの橋がかかる音信川(おとずれがわ)の川の両岸に、近代的な旅館や古風なたたずまいの宿が軒を並べ、川岸には足湯もありますが、遊興的なものはほとんど無く情緒豊かな温泉街でした。

昔は上の礼湯(れいとう)を武士や僧侶、下の恩湯(おんとう)を一般の人が使っていました。今のそのまま二件の公衆浴場があります。礼湯は新しく建て替えられていますが、恩湯はちょと古めかしくて、近代的なホテルの中にあってシンボル的な感じです。


 温泉地は2名からの宿泊が原則で一人旅には不便ですが、たまたま白木屋グランドホテルに一人宿泊で予約が取れ、ちょっと心配でしたが良いホテルでした。

 宿について温泉に入り、夕食をとりました。料理は温泉地の定番通りでしたが、仙崎港のイカのしゃぶしゃぶは絶品でした!!

 。

 部屋に帰って酔いも醒めたので、再び温泉に入り、マッサージを受けました。沢山歩いたので足が痛かったのですが、すっかり回復しました。何しろ明日は、8時38分あるいは9時26分の電車に乗らないと、11時19分まで電車がありません。

 









 そのまま川辺りを歩いて、足湯にちかずくと中年のご夫婦が足湯に浸かってておられ、私も浸かっているうちに、同じホテルの浴衣だった所為もあり、いろいろお話ししました。たわいもない世間話でしたが、楽しい時間が持てました。

 川のせせらぎの音、遅くまで足湯で話している声、とても良い雰囲気でしたが、早く寝て絶対に起きないと・・・



  お腹いっぱいになったので、散歩に出かけ恩湯公衆浴場の夜景を撮りました。あまり良い雰囲気なので、200円の温泉に入ろうかとも思いましたが、アルコールを飲んで、湯に入りすぎは危ないので、諦めました。
 夜にはネオンも輝き、湯の町エレジーの雰囲気です。



2012年9月22日(土)21:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

9月22日 新山口から千崎まで

 連休なので、厚狭に宿が取れなくて、新山口に泊まり、新幹線で厚狭まで行きました。美祢線は極端に本数が少ないので、綿密な計画を立て美祢線に乗りました。

 乗った電車は長門までしか行かないのですが、千崎までは1~2キロほどなので、タクシーで青海島(おおみしま)観光船乗り場に直行しました。

 
千崎の町
 夜は温泉地の食事なので軽く済ませようと、セルフのうどん屋でかけうどんにイカの天ぷらをトッピングしたのですが、そのイカの旨いことと言ったら、驚きを店の人に伝えたらこの海で採れたイカをそのまま使っているとのことでした。

 仙崎駅はごく近いのでのんびり歩き、駅の正面からみすゞ通りを歩きました。とても静かな町で何もない感じでしたが、通りの家々には普通の紙に書いた簡単なものから、掲示板に彩色されたものまで、みすゞの詩が書かれていました。休みの日でもあり記念館辺りは人が一杯でした。


  
 記念館よりこの町そのものが昔のままに残っており、詩の中に詠われている八坂神社(祇園社)、波の橋立、などの仙崎八景、角の乾物屋、学校のことなどがとても素晴らしく思えました。

 中でも「王子山」の詩の一節に「木の間に光る銀の海、わたしの町はそのなかに、龍宮みたいに浮んでる。」とありますが、実際に王子山から見て彼女のセンスと、そのままの景色に感銘を受けました。

 どうしてこんなに素直な言葉で、人に感動を与えられるのか、それはきっと彼女の人となりだった所為かと思いました。
 
 その感性が、絶望により残念な死に至ったのと・・・

 とあれやこれや思索する内に、何もない通りを歩いていた途中洒落た喫茶店を見つけで、コーヒーを飲みました。もと銀行だったところで、天井が高く、金庫が残っていました。

 その後みすゞの墓を見て、駅に戻りました。電車の時間までずいぶんあったので、環境案内所を覗くと、市の案内の方が一人っきりでした。

 みすゞについて訪ねると、親切な方で電車の本数の少なさや、町のことなども含め、いろんな秘話も話してくださいました。言葉が山口弁でしょうか、素朴でとても好印象でした。

 話していると待ちに待った、千崎発16時32分発の電車に乗り、長門方面に向かいここは山陰本線ですが、そのまま美祢線となり、今宵の宿泊予定の長門湯本に到着しました。



 予定していた船より一本早く乗れました。松島でも観光船に乗りましたが、個人的にはこちらの方が素晴らしい景色と思われました。特に東山魁夷がモデルにした十六羅漢から静ケ浦辺りの景色に感銘を受けました。


 金子みすゞ記念館はみすゞの生誕100年を記念して 生家跡に造られ、2003年4月11日に落成しオープン されたものです。


 本物ではありませんが、雰囲気が良く出ていました。ただ炊事場などは使ったことがないので、生活感は伝わってきませんでした。隣の記念館はとても綺麗で、良い感じでした。

 みすゞのいた部屋です。みすゞは看板の陰から外を覗いたりしていました。



 八坂神社も行きましたが、ちょうど詩のように、「お宮の秋はさみしいな」という感じでした。当時のお祭りの賑わいが目に浮かぶようでした。


2012年9月22日(土)16:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

9月21日夕方新山口に向かいました!

 9月21日18時41分掛川発の「こだま」に乗り、19時43分名古屋着、19時53分発の「のぞみ」に乗り換えて、新山口に着いたのは22時37分でした。

 駅前は暗く静かで、すぐ傍の「東横イン」にチェックイン。ホテルの中h休日とあって、満員の盛況のようで、賑わっていました。



 名古屋駅でお弁当を購入。

 名古屋と言えば、えびふりゃーですが、味噌カツも名産です。なんとまんまの駅弁です(笑)



2012年9月21日(金)23:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

いよいよ明日からお出かけ!

 遠いので、明日の夕方から出発!夜中に「新山口」に到着予定!

 カメラの充電、携帯充電器など、用意が大変です。

 山陰は列車の本数が少ないので、乗り遅れると何時間も待つことになります。

 予定どおりに行動しないと!

 



2012年9月20日(木)23:41 | トラックバック(0) | コメント(2) | 今日の出来事 | 管理

旅行の下調べ

 「金子みすゞ記念館」のある仙崎は電車も少なく不便ですが、町は簡単で検討は容易。

 萩市内は観光場所が沢山あって大変!検討しすぎて混乱!

 時間に制限があるし、どのサイトも素晴らしく書いてあるし、選べません。

 時間に余裕が出来たら、萩焼の陶芸体験もしてくるかなと思っています。



2012年9月19日(水)23:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

旅行の用意

 週末の旅行の準備で、時間を費やしました。今からの予約では、宿探しが大変で少し遠くなったりしました。

 温泉地だと一人客の宿泊セットがありません。地方だと電車の本数が極めて少なく、1時間に一本くらいなのにはまいります。昼間など一本乗り遅れると2時間待ちとなりそうです。

 地方旅行ほど綿密な計画が必要です。

 それにしても計画を立てるにも地方の電車の遅さと比べると、新幹線は速いし本数が格段に多い。

 観光地が新幹線整備を望むのも、解る気がします。



2012年9月18日(火)23:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

天地明察

 土御門 泰福(つちみかど やすとみ)と幸徳井家(こうとくいけ)の陰陽頭の争いも垣間見えました。泰福と算哲は山崎闇斎の教室で同門でした。

 映画の中では浪人風ですが、関 孝和(せき こうわ)は徳川家宣に仕え、勘定吟味役となり、綱豊が6代将軍となると直参として江戸詰めととなっています。和算だけでなく、授時暦も研究して改暦が必要と考えていたようです。

 当時誰もが暦が狂っていることは気がついていました。映画のように改暦に対する圧力はなかったと思われます。

 史実では二世安井算哲(渋川 春海)との繋がりはなかったようです。数学的な力は及ばなかったけれど、土御門 泰福や、徳川光圀との人脈、朱子学者の中村惕斎等の協力が大きかったようです。

 それと粘り強い天文観測が確かな暦を作ったとされています。この辺りは映画も史実に忠実に描かれていました。

 この功績により、算哲も土御門 泰福もその後大出世しました。

 囲碁の場面では、棋聖と呼ばれた本因坊 道策(ほんいんぼう どうさく)との御城碁対局で、天文学から考えた法則で初手天元を打ちました。実話です。

 映画では打ち掛けになっていますが、本当は9目(もく)の負けでした。生涯の対局で、本因坊 道策には先番でも殆ど勝てませんでした。と言うか道策は誰にも負けませんでした。黒番では生涯一度も負けていません。御城碁では14連勝し、二子局で2敗しているだけです。

 囲碁は囲い合いなので、先に打った方が有利です。当時は、交代に打って勝率で判定していました。その後1局で決着をつけられるよう、4目(もく)、5目半、6目半といわゆる「コミ出し」といって、黒番が勝たなくてはならなくなりました。

 現代の実際の勝負では黒が盤面で6目勝ちなら、半目負け、7目勝てば半目勝ちとなります。



 和算の世界でも、囲碁の世界でも、天文学の世界でも天才が現れました。戦国時代から平和になって、鎖国した所為もあって、日本的な文化が花開いた時期でした。



2012年9月17日(月)23:31 | トラックバック(0) | コメント(0) | 映画  ドラマ TV | 管理

ソフト食

 敬老の日を機に、当施設でもミキサー食の方にソフト食を試みるようになってきました。

 普通食が食べられない方には、刻み食、更にミキサー食となります。ミキサー食はまぜこぜになるので、形もなく、味もまぜこぜです。

 そこで、一度作った食事をそれぞれミキサー食のようにして、つなぎを入れて一つ一つの食のようにする方法です。味もそれぞれの味になるのと、本来の形に似せるので、食べる喜びが増します。

 これが普通食ですが、



 それぞれを一度潰し、ある程度硬さの有るようにつなぎを入れて、元の食材の形にします。

 天ぷらなども、衣も一緒にクリーム状にして、再度固めます。食べるとちょうど口の中で噛んだようになります。



2012年9月16日(日)03:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | 仕事の話 | 管理

中華料理

 今宵は中華料理食べ放題の宴会でした。フカヒレスープ、北京ダックなどもありなかなか豪華でした。

 四川料理が基本だそうで、やや辛めでした。さすがにホテルの中華なので、フカヒレスープは一流の味でした。

 車の人が多くて、アルコールは無くてひたすら食べる会でした。



 北京ダックは一切れずつでした。
 バタリ (o_ _)o ~



 食べ放題なので、エビチリ、エビマヨ、サーロイン炒め、青椒牛肉(チンジャオニュウロウ)、酢豚、麻婆豆腐、唐揚げ、アーモンド和え、その他4種類ほど全部で10種類ほど注文し、ほぼ完食。

 更に杏仁豆腐、マンゴープリン、ライチシャーベットなども食べ放題でしたが、さすがに2種類以上食べル事の出来た人は居なくて、全員お腹一杯でした。



2012年9月15日(土)23:34 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

僕達急行 A列車で行こう

僕達急行 A列車で行こう

監督: 森田芳光
出演:松山ケンイチ (小町圭) 瑛太 (小玉健太) 貫地谷しほり
村川絵梨 ピエール瀧 星野知子 伊東ゆかり 笹野高史
伊武雅刀 西岡徳馬 松坂慶子

あらすじ:
のぞみ地所の社員、小町圭(松山ケンイチ)とコダマ鉄工所の二代目、小玉健太(瑛太)は、ともに鉄道を愛する者同士。ふとしたきっかけで出会った2人は、すぐに仲良くなる。

 住まいにも、鉄道が見える景色“トレインビュー”を追求する小町は、コダマ鉄工所の寮に入居したものの、やがて九州支社に転勤することに。

 転勤先の九州では、大手企業の社長(ピエール瀧)をなかなか口説き落とせず、のぞみ地所は苦戦していた。ところが、社長も鉄道ファンだったことから、小町や小玉と意気投合。事態は一気に好転する。(goo映画より)

感想:
 名前から鉄道に関係したものばかりで、鉄道ファンには面白い映画です。のんびり面白く見られます。

 ただ筋立てはあまりにも昔風で、ウンザリさせられます。たまたま相手の社長が鉄道ファンで、、小町や小玉と意気投合というのはいただけません。もう少しリアルに、相手の社長が鉄道ファンなので、鉄道ファンの小玉が配属され、苦労して社長に取り入ると言うのなら解ります。

 同じ鉄道ファンでも方向性が違い相手の社長とかみ合わないが、だんだんうち解けて、その結果仕事が上手く行くような話にした方が断然面白いと思いました。熱狂的なファンというのは、自分の分野に関してはそれほど感単位は妥協できない、そんな描写が本当のような気がしました。

 実際の営業の人は、相手方の誕生日から家族の誕生日、趣味、クラブで歌った曲名まで記録にするのが常識です。

 あまりにも安易な筋立てで、途中で筋が見えてしまいます。森田 芳光監督の遺作となりましたが、着眼点は素晴らしいのですが、いつものごとく最後の詰めが甘い作品です。



2012年9月14日(金)23:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 映画  ドラマ TV | 管理


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