Cat Schroedinger の 部屋
 
                        雑談の部屋です。
 



気紛れ写真
==Explain==
気に入ると、適当に写真を撮ります。

家田

 磐田のスシローで夕食を摂りました。いつもは混んでいるのですが、今日はとても空いていました。

 帰りに「家田洋菓子店」でケーキを買いました。

 磐田市には沢山のケーキ屋さんがありますが、個人的にはここが気に入っています。

 夜のこのケーキ屋さんは、通りから少し入ったところにあって、周りは暗くここだけが明かりを点けています。ちょっと良い感じです。



 お店の中は明るくて、童話の世界のようです。


 夜なのでケーキも少なく、ウインドーの中は淋しい感じでした。


Feb.20.2020(Thu)23:15 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

河津桜

 今日は河津まで足を運んで、「河津桜」を見に行きました。

 平日ですが結構な人出でした。

ソメイヨシノよりかなり色が強く、鮮やかです。



 ソメイヨシノのような儚さ(はかなさ)は感じられません。

 河津桜は静岡県内では時々見かけますが、ソメイヨシノほどの人気はまだありません。



 途中のループ橋の桜は、人出は有りませんでしたが、見事な風景でした。


Feb.18.2020(Tue)21:38 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

デニーズ

 デニーズへ遅めの夕食を取りに行きました。「海老とからすみのスパゲッティを食べましたが、とても気に入りました。

 からすみは粉で香りだけの感じでしたが、美味しくいただけました。



 デザートは店舗限定の「あまおうのゼリー仕立て」にしました。

 これもなかなかいい感じでした。



 近くのテーブルにちょっと多めのグループが居て、その騒がしいことと言ったら半端でありません。どうしてあんなに大きな声で話し合うのか不思議です。



Feb.15.2020(Sat)21:31 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

小國神社

 小國神社の紅葉はもう終わったのですが、通りかかったので寄りました。

 平日の小雨だったので、参拝の人もまばらでした。



 それでも紅葉の感じが残っていました。落ち葉が一杯で良い雰囲気です。


 お店は夕方なのに頑張って開店していました。


 食事したばっかりなので、みそこんにゃくを食べました。

 こんにゃくとはいえ、とてもいいこんにゃくで感心しました。



 参道脇に陶芸の店がありました。若い陶芸家の方が作った作品を展示販売されていました。工房も中にありました。

 土はこの辺りの物だそうです。

 抹茶茶碗から酒器、湯飲みまで、いろんな作品がありましたが焼き方は色々でした。



Dec.17.2019(Tue)23:30 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

大東温泉

 仕事が終わって大東温泉に寄りました。夕方の景色が少し夕焼け気味でした。

 疲れ気味だったので、優浴後はぐったりしました。夕食を取った後、運転している内に眠くなり喫茶店でコーヒーを飲んで帰宅しました。
 平凡な日でした。



 温泉は疲れを取り、健康にも良いのですが、入浴後は無気力になります。

 そういえば宮本武蔵は入浴しなかったとか、



Dec.16.2019(Mon)22:06 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

川根温泉

 川根温泉に行った帰りに「お茶ぼっこ」という喫茶店に寄りました。

 ちょっと感じのいい三角の建物です。



 中はロッジのようでした。

 松ぼっくりで作ったネズミが並んでいました。来年は子年なので、よく売れるそうです。



 店は大井川沿いです。

 下には大井川鐡道が走っています。

 向かいは12月だというのにまだ紅葉が見られました。



Dec.14.2019(Sat)21:12 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

ならここの里

 ならここの湯に行きました。ここはならここの里キャンプ場の中にあります。

 12月平日とあって閑散としていましたが、紅葉がとても綺麗でした。



 この川は夏には川遊びをする所です。



 夏はバーベキューなどでに賑あう広場です。


 ここへ行く途中の道路も、辺り一面紅葉です。


 ロッジも沢山あります。

 人気(ひとけ)は温泉以外全くありませんでした。



Dec.9.2019(Mon)20:48 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

富士山静岡空港

 「富士山静岡空港」の「タビチャフェ」のタピオカが気に入っているので寄りました。

 滑走路を見ると、文字通り富士山が奇麗に見えました。



Dec.1.2019(Sun)15:10 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

用宗 PORT SPA

 ご飯を食べに行ったついでに、用宗漁港に出来た「Mochimune Port Spa」に寄りました。

 本当に漁港にある温泉で、通りから見ると看板だけです。

 入口は結構洗練された感じです。入場料金は800円で微妙です。



 温泉自体は加熱、循環の塩泉です。人工的な炭酸湯が快適でした。

 湯上りの後のロビーは新しいので、とても綺麗でした。

 サウナはありますが、割とこじんまりしたお風呂でした。とても綺麗で清潔な感じです。



 受付も良い感じで、照明も温泉にしては洒落ています。


 お食事処はセルフで、ごく一般的なメニューです。外がテラスになっていて漁港が目の前です。

 
 Mochimune Port Spa と英語表示とマッチしたお洒落な温泉です。

 本当の温泉マニアには少し物足りないかも(笑)
 



Nov.27.2019(Wed)15:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

ステンドグラス美術館

 掛川市ステンドグラス美術館は19世紀イギリス、ヴィクトリア時代のステンドグラスなどが展示されています。

 掛川市在住の鈴木政昭氏(鈴木耳鼻科の先生)からの寄贈によるものです。

 ちょっと変わった建物ですが、外からの光を取り入れるため入り組んだ作りになっています。

 殆どのステンドグラスは後ろに窓があり、外の光を受けて見られます。教会と違い外側はガラス窓になっているので、ステンドグラスが傷まないようになっています。



 展示物は写真撮影が許されています。正面に展示されていた物ですが、圧倒的な美しさです。

 主に19世紀イギリスの物なのでヨーロッパの古い教会の物に比べて色も鮮やかで、デザインも近代的です。

 古い教会のステンドグラスを見慣れているので、人物の顔や衣装は違和感を感じるほどリアルです。
 
 古い教会のイコンなどはとてもありがたいもののようですが、異教徒の私には、美術的にはあまり感銘を受けません。



 鈴木先生はキリスト教徒かと館内の方に尋ねたら、そうではないそうです。これは趣味として収集したもので、宗教的な気持から収集したものではないそうです。

 凄い趣味だと感心しました。

 



 沢山のステンドグラスが展示されていた中で、9個の円形の物がありました。

 建物の一番奥でした。



 だからこの建物の裏の壁は、このように丸い窓が9個あります。

 ステンドグラスの美しさも凄いけれど、これだけの物を個人で収集したとは驚きです。



Nov.23.2019(Sat)17:27 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

福田港

 日曜日無性にタコ焼きが食べたくなって、磐田市竜洋の「たこりき屋本店」でたこ焼きを買って、福田港で食べました。

 この店はたこ焼きを作り置きすることはなく、必ず注文を受けたから焼きます。だからいつも熱々です。



 港に沢山の車が止っていますが、魚釣りの人達です。


 小さい子も交じって魚釣りに夢中です。夕方になり釣れ始めたような感じです。


 近くの人が釣りあげました。太刀魚のようです。

 夕方ですが、風もなく穏やかな小春日和!



Nov.19.2019(Tue)21:50 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

青龍寺

 今日は午後の飛行機に乗るまで予定がありませんでしたが、添乗員さんの提案で、空海(弘法大使)が修行した「青龍寺」に行く事にしました。

 実は青龍寺は廃墟となっていたのですが、空海の修行した寺なので、日本中の真言宗の寺からの寄付で空海記念碑、恵果・空海記念堂が再建されました。
 



 空海は当時無名でしたが、医薬の知識と中国語の能力を評価され遣唐使の一行に入れました。

 第18次遣唐使は803年博多から出航しましたが、嵐で漂流し漂着したところで海賊の疑いを掛けられました。

 この時遣唐大使の代筆をし、あまりの見事な達筆に疑いが晴れました。現在の中国では空海は宗教家より、能書家として名高いそうです。

 密教の第七祖である唐長安青龍寺の恵果和尚を訪ね、以降約半年にわたって師事することになりました。恵果は空海が過酷な修行をすでに十分積んでいたことを初対面の際見抜いて、即座に密教の奥義伝授を開始し、空海は大悲胎蔵の学法灌頂、7月に金剛界の灌頂を受けました。

 当時長らく修行しているほかの弟子を差し置いての伝授に異論が出ましたが、問答などで他の修行僧を圧倒したそうです。

 一説には中国人はサンスクリット語を学ぶ能力がなく、語学の達人である空海は僅か3カ月でマスターしたことも一因と考えられています。

 その後 20年の留学予定を短縮し2年で留学の滞在費がなくなったことを理由に唐朝の許可を得て、その帰国に便乗する形で、8月に明州を出航して、帰国の途についた。

 早すぎる帰国は朝廷から咎められ、しばらく謹慎となっています。



 御記帳を受ける売店には、住職が書いた掛け軸が沢山ありました。

 葡萄(ぶどう)の美酒夜光(やこう)の杯(はい)、
飲まんと欲すれば  琵琶(びわ)  馬上に催す(もよおす)
酔うて沙場に臥すも  君笑ふ莫かれ(なかれ)
古来征戦(せいせん)  幾人か 回る(かえる)
を見て「上」の字に横線が無いけどと言ったら、これでいいとのことでした。

 漢字のことは中国の人に敵いません。



 そのほかに王維の「元二の安西に使ひするを送る」
【原文】
渭 城 朝 雨 潤 軽 塵
客 舎 青 青 柳 色 新
勧 君 更 尽 一 杯 酒
西 出 陽 関 無 故 人

【訓読】
渭城の朝 軽塵を潤し
客舎青々柳色新たなり
君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
西の方陽関を出づれば 故人無からん

の軸がありました。添乗員さんに当時は長安から旅立つに西でなくて、渭水の畔まで行って宴会をするのが常だったと聞いているがその訳を聞きました。



 何と敦煌に向かうに河西回廊を歩くのではなく、船で行ったからだそうです。てっきり江戸時代のお伊勢参りのように、品川の宿まで送りに行って、ドンチャン騒ぎし、遊郭でと思っていました。

 王之渙(おうしかん)「涼州詞」


【原文】
黄河遠上白雲間
一片孤城万仭山
羗笛何須怨楊柳
春光不度玉門関

【訓読】
黄河〈こうが〉 遠〈とお〉く上〈のぼ〉る 白雲〈はくうん〉の間〈かん〉
一片〈いっぺん〉の孤城〈こじょう〉 万仭〈ばんじん〉の山〈やま〉
羌笛〈きょうてき〉何〈なん〉ぞ須〈もち〉ひん 楊柳〈ようりゅう〉を怨〈うら〉むを
春光〈しゅんこう〉度〈わた〉らず 玉門関〈ぎょくもんかん〉

【大意】
黄河の川上へのぼっていくと、雲の間に入っていくように思われる。
高い山々の中には一つのはなれ城がある。
異民族の笛が折楊柳の曲を奏でているが、彼らが楊柳への恨みを訴えても何になろう。
玉門関よりこちらには春の光がやってこないのだ。

などもありました。

 話しているのを聞きつけ、店員の方からかなり強力に掛け軸を進められました。家に床の間が無いからと断りました。



 元四国霊場会会長蓮生善隆(善通寺法主)により四国八十八箇所の零番札所と名付けられました。

 霊場巡りはここから始めるのが、本格的だそうです。全員無料の第0版札所の紙を頂きました。御朱印帳を持って来た方もありました。無い方は御朱印帳に貼ると良いそうです。

 これで今回の旅行も終わりました。食事はほかの方は大丈夫でしたが、八角などが苦手な私は、部屋で焼きそば、カップラーメンなどを食べてました。

 ザクロジュースはなかなか美味でした。



Nov.10.2019(Sun)11:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

莫高窟(その2)

 もっとも古い仏像で修復も行われていなくて、時代を感じさせます。真っ暗な洞窟の中で、懐中電灯に照らされる仏像は神秘でもあり、不気味な感じもしました。


 第158窟 涅槃像 中唐(8世紀)です。

 中唐期には、当時の流行を反映して巨大な涅槃像も作られた。



 莫高窟のシンボルの楼閣です。中に巨大な大仏がありました。やや平面的で大きいさだけを感じました。

 この建物の前で写真を取るのが定番になっています。

 多くの仏像は後世に修復されています。少し問題のある修復も見られました。

 千年もの長きにわたる絵画は、壁の剥落をどう防ぐかで悩まされています。人が入るだけで風化が進みそうです。

 保存と、展示厄介な問題です。ガイドさんはいつかは無くなってしまうのではと言っていました。



 敦煌市内へ戻るときに、バスの車窓から撮った写真です。

 電気を引くための電柱以外何にもありません。、
 空の青さも一色、それ以上に水平線迄雲が全くありません。

 まさに砂漠!



Nov.9.2019(Sat)11:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

莫高窟(その1)

 敦煌から東南25Kmにあります。昨日行った鳴沙山の東側の岸壁に掘られた洞窟です。仏像、絵画だけでなく住居のための洞窟も沢山あるようです。

 バスを降りると洞窟の穴が見えます。手前に「大泉河」という川が流れています。こんな砂漠の中でどうやって暮らしていたのかとても疑問でしたが、水があるオアシスでした。

 時期によっては川の水が干上がっても、伏流水があるから井戸を掘れば水は得られるのでしょう。来てこそ分かったことで、これで疑問が解けました。
 



 石窟は砂岩に掘られているので、脆く保存が大変のようです。

 以前はこの写真の3階部分のように、崖のままでしたが改築して柱、通路を作りました。本来の姿が無くなるのは残念ですが、致し方ないのでしょう。
 



 特別の案内人がついて石窟を回りました。各石窟にはドアーがあり施錠されています。石窟の中は照明もなく案内人が懐中電灯で照らしながら説明をします。

 仏像の劣化、絵画の劣化は保てますが、壁自体が崩れて剥奪するのを防ぐのはとても難しいようです。

 高温多湿な日本ならあっという間にカビだらけですが、年間降水量が40mmなので、とても綺麗な保存状態でした。

 



 この第57窟 「説法図」 観音菩薩石窟は、平山郁夫が気に入った絵です。莫高窟屈指の美菩薩として知られています。


 



 平山郁夫画伯をして「敦煌の恋人」と言わしめたそうです。

 まあそれほどかどうかは疑問ですが、現代的な好みからすれば頷けます。中での写真撮影は厳禁なので、絵葉書を買いました。これらの画像は絵葉書からです。

 必ず見られるとは限らないので、貴重な体験でした。



Nov.9.2019(Sat)09:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

敦煌

 西安から飛行機で1時間半、敦煌に到着しました。

 シルクロードの実際の出発地である敦煌は、西安から河西街道で900Kmの西端です。

 敦煌の北西90Kmには玉門関、南西70Kmには陽関があります。

 「春光不度玉門関」春光〈しゅんこう〉度〈わた〉らず 玉門関とか、

 「西出陽関無故人」西の方陽関を出づれば 故人無からん、など漢詩にもよく歌われました。

 両方とも現在は見る所が少ないそうです。

 ここから西へ進みトルファンから楼蘭を通る天山南路、ウルムチへ向かう天山北路となります。

 敦煌の観光は莫高窟と、月牙泉(げつがせん)・鳴沙山(めいさざん)です。



 今日の午後は月牙泉・鳴沙山で、明日は莫高窟となっています。

 敦煌の南5Kmほどにある月牙泉は背後にある鳴沙山(めいさざん)と共にとても有名な観光地です。思っていたより道は整備されていましたが、周りは圧倒的に砂です。

 



 月牙泉の横には寺院が建てられています。これはのちに建てられてた歴史の浅い寺院でしたが、文化大革命の時破壊され近年再建されました。現在はお寺もなく僧侶は少し離れた寺院にいるそうです。

 中に御土産物店もありました。

 それでもこの建物は、泉にとてもマッチしていました。



 ゴビ砂漠の端にあるオアシスで、2000年以上砂に埋もれることもなく形を保っています。

 実に不思議な光景です。砂漠というものを見たことが無かったので、圧倒されました。とても来たかった所なので感動しました。



 鳴沙山(めいさざん)は 風化が激しくサラサラの砂で、音を立てることから命名されました。この砂山は東西40Km南北20Kmですが、年中風が南北に吹くので、山は決して崩れることがありません。

  砂丘へ登るには簡単な縄はしごのような階段が作られていて、上まで登ることができます。降りる時は有料の木製のソリで降りることもできますが、ガイドから怪我をすることもあるので普通に降りるように言われました。

 砂まみれになりしかも取り除くことが大変なので、有料の黄色い足袋を借りさせられました。小さなものを砂の中に落とすと、絶対に出てこないそうです。

 少しだけ登ってみました。万歳している方はツアーで御一緒の愉快な方です。



 観光客が登った足跡も、すぐに風で消されてしまいます。

 観光用のラクダに乗ることも出来ます。遠くから見ると平山郁夫のようにはなりませんが、まあまあ絵になります。、



Nov.8.2019(Fri)15:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

漢陽陵博物館

 西安市渭水の北側の咸陽原にあります。空港の近くなので敦煌に行く前に寄りました。
 
 漢陽陵博物館は広大な敷地の中に、前漢の第4代皇帝、景帝(在位:紀元前156~141)の陵墓とそこからの出土品が展示されています。

 博物館自体も地下に造られていて、地下の陵墓をそのまま見学できるようになっています。この兵馬俑は実物より小型化されており、その他沢山の副葬品がありました。死後の宗教観の違いが感じられます。

 廊下の床がガラス張りで、発掘されたままの状態を見れます。

 兵も動物も鋳型から作られていて、同じ形です。



 兵は彩色されており、当時の姿が再現されています。平和な時期だったためか、穏やかな姿です。


 発掘場所を横から見れる作りになっています。馬、ブタ、羊、牛など実物より小型で象徴化されています。


 漢の時代の女性の服装です。

 日本の着物に似ています。



 同じく男性の像です。

 秦の兵馬俑は陵の端っこの発掘なので、副葬品が乏しく、この陵は俑のほか沢山の物が発掘されています。




 さあこれから 敦煌に向かいます。



Nov.8.2019(Fri)11:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

西安の城壁

 西安は漢代に長安と命名され、前漢、北周、隋などの首都でした。唐代には首都として人口100万人の世界最大の都市に成長しました。

 唐代の長安は周辺諸民族が都城建設の模範とし、日本でも平城京や平安京は長安を模して作られました。日本では外敵が無く、朱雀門などは作られましたが城壁は作られませんでした。

 長安の城壁は 周囲13.7Km、高さ12m、旧都長安の都を守っており、現在ある城壁は唐の時代から明の時代に築かれました。東西南北4つの問があり、今回は西の門の安定門へ行きました。

 ぐるっと回るに13.7Kmでは徒歩ではとてもじゃないので、自転車の貸し出しがあります。



 城壁の上から見ると、城内の景色が一望です。メインの大通りは幅が100mもあります。

 当時の弓矢の到達距離は75mほどで、有効射程距離は50mでした。皇帝がパレードする時矢が届かない距離にしたのです。

 



 城壁の上の道幅も10mあり、当時は馬で巡回していました。


 門とは別に写真で見える櫓があります。高さがあり、まるで高速道路のようです。


 門の中でも西門はシルクロードの出発門でもあり、西からの商人の到着門でもありました。

 どれもこれも日本などとは桁違いの大きさです。遣隋使、遣唐使も私たちと同じように感銘を受け、日本に帰りこのような都を作りたくなったのでしょう。



 夕食の続きにナイトショーがありました。きらびやかですが、踊りの振りが日本人には同じように見えて今一つの評価でした。

 ホテルに帰ると寝不足であっという間に熟睡です。



Nov.7.2019(Thu)16:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

大雁塔

 史記の項羽本紀に、項羽が咸陽に入り、秦王子嬰を殺害し、秦の宮室は焼き払われ、3か月間にわたって火が消えなかったとあります。この話は最近疑問が持たれています。

 司馬遷は項羽のファンだったので、項羽を本紀に入れています。なので阿房宮の話は正確さを欠くのかもと思います。

 当時の長安の都は渭水に近い阿房宮や始皇帝陵より、南に造られました。現在の西安はほぼ長安の都の場所です。

 西安に戻り、一番の名所大雁塔(だいがんとう)に行きました。 652年に唐の高僧玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典や仏像などを保存するために、高宗に申し出て建立した塔です。

 高さは7層64mで現在は、西安市の東南郊外にある大慈恩寺の境内に建っています。

 701年に建て替えられたそうです。最上層まで登ることが可能で、登りたい人は申し出るのですが、今回昨夜遅くホテルに到着し、兵馬俑の予約のため早起きし、みんな疲れていたので誰も登りませんでした。

 やっぱりこの旅行の、飛行機の便の悪さが一因です。

 塔はやや左に傾いています。これはカメラの所為ではなく、近年地下水を汲み上げしすぎたため地盤沈下の所為です。古都のイメージのある西安は、人口が1000万人もあり、雨が少ないので水不足になりがちなのが原因です。寺社仏閣以外に古都のイメージは希薄でした。

 習近平国家主席の出身地なので、今後さらに近代化しそうです。



 玄奘三蔵の銅像が建ち、背景に大雁塔が見えます。みんなが写真を撮る所で、混みあっていました。

 玄奘三蔵の旅の苦労はよく知られていることですが、とにかく大変な旅でした。インドでの5年学び16年後に長安に戻りました。

 玄奘は仏舎利150粒、仏像8体、経典520夾657部を唐に持ち帰り、サンスクリット語を漢字で書いてきたので、はじめは弘福寺、のちには大慈恩寺で経典の翻訳をしました。



Nov.7.2019(Thu)12:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

西安兵馬俑

 昨夜は夜中にホテル到着なのに、兵馬俑の予約の関係で朝早く出発しました。

 兵馬俑は古代中国秦の時代に死者を埋葬する際に副葬された俑のうち、兵士及び馬をかたどったものです。

 一番初めに建てられた1号館に、よく知られている俑が並べられていました。土に埋めるようにするため、溝を作りその中に並べ、上に木材ヲ渡し敷物を天井にして土を掛けたそうです。そのため溝に沿って並べられていたそうです。

 大変な数ですが、これも始皇帝陵のほんの一部のようです。このように保たれたのは始皇帝は神のような存在で、祟りを恐れ墓荒らしが少なかったのが幸いしたのだそうです。



 これは司令部の兵馬俑で新しい館にあります。1号館の歩兵の服装に比べ位が高い装備が目立ちます。


 2号坑の東部で出土し、武器として弓を所持していた。跪射俑は左膝を曲げて立て、右膝を地につけた形状が特徴的でです。

 この跪射俑は多くの俑の中で、最も完全な形で発掘された俑の一つで有名な俑です。

 兵士一人一人の顔、背丈、服装も違い、実際の兵士をモデルに造りました。全て彩色されていましたが、時代変化と掘り出すとすぐに酸化して色あせたので、最近は色を保つように工夫しています。



 この辺りはザクロと柿が名産なので、売店でザクロのジュースを売っていました。一杯作るのに沢山のザクロの実を入れて潰して漉すだけです。何も他に入れないのに甘すぎるほどで、とても美味しいジュースです。

 みんなが美味しいというので20元の大きい方を買いました。



 一番新しい美術館のような建物に行きました。復元されたり再現された馬車などが展示されていて、当時の状態が解ります。

 規模に圧倒されましたが、発掘されてた兵馬俑は極一部で、始皇帝の陵に近づけばもっと精密で豪華なものが出るのではと期待されています。

 写真や映像で見ることは出来ますが、実際に見ると規模の大きさを感じます。凄いの一言に尽きます。

 、



Nov.7.2019(Thu)09:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

いざ! 西安・敦煌へ

 富士山静岡空港から西安へ直行便が出来ました。今回西安・敦煌5「日間の旅行に参加しました。

 空港は自宅から車で30~40分もあれば行かれるので、とても便利です。駐車場は有料化の話もありますが、今のところ無料です。

 とても広い駐車場のため、帰りに探すことの無いように写真を撮っておきました。(笑)



 空港は便利なのですが、西安行の便は19:45分発で、西安到着は現地時間23:30です。ホテル到着は深夜1:00です。

 帰りも西安を14:10ですので、やや時間が中途半端です。

 深夜のホテルは寒々しい感じでした。部屋は広いのですが、エアコンの調子が悪く少し減点気味でした。



 翌朝ホテルはまあまあ立派で、とても大きなホテルでした。朝食は中華が多く普通でした。


 ロビーはギンギンギラギラで豪華な感じです。(笑)


 中国ではGoogle、Facebook、LINEなどは全く使えません。

 中国に行くときはいつもこのSIMカードを使っています。 このSIMカードで中国本土31省と香港、マカオにて高速通信4G 一部の地域で3Gデータ通信が容量5GB(ギガバイト)利用できます。 開通後8日間利用できるので、中国、香港、マカオ渡航スケジュールに対応する手軽なプリペイドSIMカードです。

 amazonで940円です。日頃利用しているIP電話やLINE、FacebookなどのSNS、インターネット検索も何ら制限なく利用が可能です。

 SIM Freeスマートフォン、タブレット、WiFiルーターにて利用可能です。 テザリング利用も可能です。


 今回の旅行の中にレンタルWiFiルーターを持って来た方がいました。2種類あってGoogle、Facebook、LINEなどが使えるルーターはやや高くて一日1000円位だそうです。ただ自動翻訳機も無料でついてきたそうです。

 中国では簡単な英語も殆ど通じなくて、便利そうでした。
 
 Googleマップが使えると、バスの中、街中で現在地が解るのと、店舗の情報も出るので安心です。



Nov.6.2019(Wed)23:59 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin


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