Cat Schroedinger の 部屋
 
                        雑談の部屋です。
 



気紛れ写真
==Explain==
気に入ると、適当に写真を撮ります。

東海道広重美術館

 今日はお天気も良く、「静岡市東海道広重美術館」で開催されている「忠臣蔵」を見に行きました。

 この美術館は広重の版画を主に保存展示しています。今回も歌舞伎で人気となった「仮名手本忠臣蔵」を素材にした浮世絵が展示されていました。

 実際の赤穂事件から40年以上後から作られた話なので、史実とは全く違います。浮世絵に限ってみても討ち入りの時揃いの衣装ではありませんでした。



 美術館は旧東海道沿いにあり、宿場町のなごりが見られます。


 雰囲気のある銀行の建物。現役です。


 桜えびで有名な「井筒屋」で昼食です。


 もちろん「桜えびのかき揚げ」と「蕎麦」

 現地だけに素晴らしい味でした。



Dec.9.2021(Thu)17:23 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その10 彦根

 西明寺から彦根に到着。昼食は彦根城の前の「彦根キャッスルリゾート&スパ」でした。

 店の二階のテラスから正面に彦根城が見えます。

 



 お城の正面の「夢京橋キャッスルロード」は和風の家が並び風情があります。


 平日の午後なので静かな雰囲気でした。


 通りの突き当たりの京橋です。この橋を渡り左に折れると大手門橋になります。

 以前行ったことがるので、今回はお城はパスしました。



 彦根と言えば「ひこにゃん」です。

 とても小さな「ひこにゃんと赤揃え」の人形を買いました。

 彦根藩主井伊家は徳川家臣の中でも筆頭の譜代大名で、最強の軍事力を誇っていました。徳川軍の先手の役を担いました。甲冑は赤色で統一され「赤揃え」と呼ばれました。

 江戸時代を通じて平時は老中による集団支配でしたが、有事には独裁を許された大老を置きました。

 井伊家は何人も大老職を務めました。とくに幕末の井伊直弼は日米和親条約、日米通商条約を結び開国に成功しました。反面安政の大獄と言われる、反対者を次々と処刑し、ついに桜田門外の変で暗殺されます。

 この事件で幕府の権威は完全に失墜し、明治維新のきっかけとなりました。

 1963年にNHKの河ドラマで伊直弼の生涯を扱った「花の生涯」が大ヒットしました。地元では再度復活を願っているそうです。

 彦根市から米原駅に向かい、新幹線で帰宅となりました。



Nov.25.2021(Thu)14:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その8 西明寺

 湖東三山はその名の通り琵琶湖の東に位置し、南から「百済寺(ひゃくさいじ)」、「金剛輪寺(こんごうりんじ)」、「西明寺(さいみょうじ)」と並びます。全て天台宗です。

 紅葉めぐりの最後は西明寺です。織田信長により比叡山の焼き打ち後、西明寺も焼き打ちされましたが、国宝の本殿と三重塔、重要文化財の二天門は残り現存しています。仏像など沢山の重要文化財があります。

 この門からやはりかなり登ります。金剛輪寺と似た作りです。

 



 石垣が続き「途中不断桜」が有る庭には何度も咲く桜がありました。


 階段を登り切ると、重文の二天門です。


 二天門をくぐると本堂です。本堂から見た二天門脇の 紅葉も見事でした。

 この右下が不断桜から続く名勝庭園「蓬莱庭」になっています。

 



 本堂に向かって右には国宝の三重塔があります。

 由緒あるお寺を巡りましたが、階段が多く、団体の所為か住職、係の僧侶の方からのお話が多く疲れました。


 



Nov.25.2021(Thu)11:45 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その7 金剛輪寺のつづき

 水雲閣と名付けられた、江戸医大末期に作られた茶室は、由緒ある古寺には場違いですが、池の中に建ち大変洒落た瀟洒な茶室です。


 茶室の前の名勝庭園も紅葉真っ盛りでした。


 ここの紅葉は「血染めの紅葉」と言われ、非常に色鮮やかです。


 出口の黒門手前です。参道沿いに沢山の石垣がありますが、かつては坊舎が沢山建っていたのだそうです。


 この辺りは松茸の産地です。ただ国産の松茸の時期は過ぎていて、これはトルコ、香港などから輸入された物だそうです。

 日本以外では全く人気の無かった松茸も、近年諸外国でも少しずつ人気が出て、値段が上がり気味だそうです。

 名物味噌田楽を食べました。味噌はとても甘くて関西を感じました。



Nov.25.2021(Thu)10:45 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その6 金剛輪寺

 湖東三山の真ん中にある「金剛輪寺」です。ここも延暦寺の関連で、天台宗です。国宝の本堂、重要文化財は仏像など7個、建物は3個有ります。

 信長により百済寺と同罪と見なされ、火を放たれましたが、本堂、三重塔、二天門などはその難を逃れました。

 行きはバスで途中まで行きましたが、それでも長い階段をかなり登ります。道の両脇にはお地蔵さんが並んでいます。

 



 国宝の本堂大悲閣から見た、二天門前の紅葉は、その色鮮やかさから「血染めの紅葉」と呼ばれています。


 隣の三重塔に向かう道の紅葉も色鮮やかです。


 素晴らしい紅葉の中に、三重塔が見えます。今日は塔の扉が開けてありました。


 名前にふさわしい鮮やかな紅葉でした。下りは徒歩で下まで降ります。途中で茶室のある素晴らしい庭へ向かいます。


Nov.25.2021(Thu)10:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その5 比叡山延暦寺

 根本中度の横にある大講堂。大講堂は比叡山延暦寺東塔に位置する建物で、多くの法会(ほうえ)の舞台です。

 幾度も焼失してきました。現在の建物は昭和38年(1963)に讃仏堂を移築したもので、1634年の建立です。この建物は重要文化財に指定され、最初から数えて10代目の建築物です。



 特別公開の「戒壇院」です。天台宗僧侶の「受戒」の場です。僧侶達は生涯に一度この堂で、釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)から直接、戒を受けます。この儀式を経て正式な僧侶となります。

 現在の建物は1678年に建立された物で、重要文化財となっています。

 内部は薄暗く神秘的な雰囲気でした。



 戒壇院からさらに西に位置する「法華総持院東棟」です。

 最澄は一万八千巻の経典を写し、全国の要所六カ所に宝塔を建立し納めようとしました。その「六所宝塔」の総塔が「法華総持院東棟」です。

 釈迦の教えである「法華」と密教の教えを示す「総持」の融合の建物です。

 最澄はこの融合を教えとしました。



 法華総持院東棟に廊下で繋がった、「阿弥陀堂」があります。

 この後、「国宝殿」を見学して終わりました。団体なので各場所で、住職からお話があり随分疲れました。



 今夜の宿泊は大津市の「琵琶湖ホテル」です。巨大な建物でしたが、レイクサイドビュー客室で、琵琶湖が綺麗に見えました。

 温泉も歩き疲れた身体に、良い感じでした。



Nov.24.2021(Wed)15:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その4 びわ湖大津館から比叡山へ

 昼食は「びわこ大津館」の創作フランス料理でした。

 びわ湖大津館は、1934年(昭和9年)、外国人観光客の誘致を目的に県内初の国際観光ホテルとして建築された旧琵琶湖ホテルをリニューアル活用した大津市の文化施設です。

 旧琵琶湖ホテル時代には、湖国の迎賓館として昭和天皇を始め多くの皇族の方々、ヘレン・ケラー、ジョン・ウエイン、川端康成など多分野の著名人が宿泊しています。

 玄関横にヘレン・ケラー宿泊記念のちょっと元気のない木が有りました。

 建物の設計は、東京歌舞伎座や明治生命館等を設計したことで有名な岡田信一郎です。

 立派な建物で桃山様式と呼ばれる特徴的な和風の外観ですが内装は洋風です。

 フランス料理は団体の所為か、普通の味。やや建物に負けています。



 建物の裏は琵琶湖で展望台にもなっていました。ヨットが泊まり、オシャレな雰囲気です。


 これから比叡山延暦寺に向かいます。琵琶湖を見下ろす車内からの紅葉も綺麗でした。

 



 延暦寺は特別拝観中で「戒壇院」と「法華総持院 東棟」、「国宝殿」が特別拝観となっていました。

 初めに説明がありましたが、寒い中で延々と話が続き修行しているみたいな感じでした。



 一番有名な「根本中堂」は工事中でした。


Nov.24.2021(Wed)11:30 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その3 旧竹林、日吉大社

 宿泊は琵琶湖マリオットホテルでした。景色も良く綺麗なホテルでしたが、団体だった所為かガイダンスが外国人の方で、説明が良く聞き取れないし、説明不足で苦労しました。

 部屋の電話にフロントの案内の番号表示が無く、浴衣はフリーサイズ一種類、Wi-Fiは特殊で不具合で繋がらず。部屋係とフロントの対応は最低でした。人手不足でまるで酷いホテルでした。電話で呼んでも15分ほどかかりやっと部屋に来る始末です。

 これもコロナ禍の影響かもしれません。



 旧竹林院は延暦寺の僧侶の隠居所で里坊(さとぼう)と呼ばれていました。

 1000坪の庭園には2つの茶室と四阿(あずまや)が有ります。



 とても綺麗な建物で、庭が見事です。


 今日も天気が良くて、良い旅行となりました。茶室は渋くて詫びさびの境地です。

 国の重要伝統的建造物で、庭園は国指定名勝庭園になっています。



 隣には日吉神社の総本山「日吉大社」が有ります。この大社も延暦寺の一部なのです。


Nov.24.2021(Wed)10:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その2 教林坊

 百済寺から「教林坊」へ行きました。西暦605年に聖徳太子が創建された古いお寺です。太子が林の中で教えを説いたことから教林坊の名前になりました。

 詫びさびの空間説法の境地石の寺だそうです。ご本尊は太子自作の石仏です。

 11月15日から12月5日まで、夜間ライトアップがが行われています。



 薄暮の中に幻想的な風景が広がります。


 秘仏の願掛不動がご開帳されていました。


 江戸時代初期のヨシ葺き書院は古様式で、この書院に面する庭園は枯れ滝、鶴、亀など巨石を用いています。

 床の間を作らず、付け書院から見える庭園は「掛軸庭園」と呼ばれています。



 夕食は「納屋孫」という伝統のあるお店の会席料理でした。フナ寿司、鮎料理、鯉の刺身などでしたが、ちょっと苦手で・・・


Nov.23.2021(Tue)18:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

湖東三山紅葉めぐり その1 百済寺

 湖東三山は琵琶湖の東に位置し、南から「百済寺(ひゃくさいじ)」、「金剛輪寺」、「西明寺(さいみょうじ)」です。

 東京からのツアーなので、名古屋駅から友人に合流し、米原駅からバスで一番南の百済寺に到着です。

 百済寺は仏教が百済(くだら)国から伝わったことから百済寺となったそうです。西暦606年に聖徳太子が建立したとされています。

 信長の焼き討ちで壊滅的打撃を受けましたが、1650年に再建されました。

 池泉回遊の庭です。「天下遠望の名庭」です。



 裏庭の高台から琵琶湖の湖面と比叡山などが見えます。比叡山の右の方に安土城氏址がありました。


 庭はとても広くて、紅葉真っ盛りでした。


 見事な紅葉で曇りがちでしたが、青空とマッチしています。


 池泉回遊の庭飲の向かい側から。


Nov.23.2021(Tue)14:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

阿南町陶芸体験館 その2

 阿南町陶芸体験館の中は広々として、真空土練機まである立派な施設でした。電動轆轤も5~6台ほどありました。


 



 



 長く轆轤から離れているのと、土の加減が解らないので苦労しました。インストラクターの方が先生を呼びに行って、なんとか形になりました。


 温泉横の食堂で十割蕎麦を食べました。腰のあるしっかりした蕎麦でした。


 帰りは迂回路を慎重にというか、突き当たりまで行くと、しっかりした迂回路が示してありました。売木村(うりきむら)へ迂回するだけでした。

 それにしても国道路を11月から3月まで閉鎖とは、ちょっと驚きです。冬になると道路が凍結し地元の人以外はあまり通らなくなるのでしょう。

 山道が多く、紅葉の時期の日曜日のため車も多く、知らない道で随分疲れました。



 帰りは三遠南信道路を南下し、浜松いなさJCを通り過ぎて、三ヶ日JCから東名に入りました。

 昼食が蕎麦だけだったので、三ヶ日ICで降りて以前から行ってみたかった有名鰻店「うなぎ加茂」に寄りました。
 
 



Nov.16.2021(Tue)00:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

阿南町陶芸体験館

 昨日は先日行った「天竜温泉おきよめの湯」から更に北の「かじかの湯」に向かいました。

 浜松いなさJCTから三遠南信道路の鳳来峡で降りて、国道151号線を北に向かいました。所が東栄町を過ぎた辺りで工事中で迂回することになりました。慌てて曲がり茶臼山越えとなってしまい、随分遠回りとなりました。

 かじかの湯は長野県下伊那郡阿南町に有ります。左上の赤い橋が国道151号線で、橋を渡って左折すると「かじかの湯」です。



 面白い門が有りました。この辺りは紅葉が綺麗でした。


 川の河岸段丘に作られた温泉施設、お土産物売り場、食堂、陶芸体験館が有ります。

 立派な建物ばかりで驚きました。



 温泉はとても混雑していて、茶臼山越えをしたので随分疲れ、帰り道が遠く眠くなりそうで今回はパスしました。


 陶芸体験館も大きな建物でした。きょうはお客さんも殆どいなくて陶芸体験をすることにしました。


Nov.15.2021(Mon)14:29 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

晩秋の海

 黄昏時の晩秋の海。風が強くすっかり冬の気配です。

 それでも釣り人が何人か頑張っていました。「ついさっき太刀魚をゲットしそうになるも取り逃がして!」と元気なおじさんが言っていました。


 西の空は少し夕焼けですが、晩秋の海は静かでうら悲しく、波の音だけです。



 東の空は暗く建物や街灯に灯がともり、淋しげな港の風景。

 お腹も空いたので、夕食に行こうと!

 温かい物が良いな~~



Nov.8.2021(Mon)20:46 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

熊野古道と熊野三山 その7

 至る所に八咫烏(やたがらす)が出てくるので、お土産に那智黒の烏を買いました。足は3本です。

 



 昼食は新宮市にあるフランス料理店「Ile de France イル・ド・フランス」でした。直訳はフランスの島ですが、パリ中心部を指すようです。

 



 ソースが良い味でなかなか良い料理でした。


 早く食べ終わりタバコでもと外に出ると、裏山に立派な石垣が見えました。お城の跡のようでお店の人に伺うと、ここの息子さんでした。

 店主でコックの父上はこの新宮城の復元を願っていて、城研究家だそうです。話が盛り上がりパンフレットも頂きました。

 城の復元には設計図が必要ですが、部分的な記載や簡単なスケッチはある物の、設計図名無くて懸賞金を掛けて探しているそうです。

 



 車の中に作ったジオラマをわざわざ持ってきてくれました。

 多くの情報からほぼこの形であったことは間違いないそうです。

 今回神社ばっかりでしたが、旅の終わりに城跡を見れて自分なりの発見をした感じになりました。



Oct.30.2021(Sat)12:30 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

熊野古道と熊野三山 その6

 御縣彦社(みあがたひこしゃ)で「八咫烏(やたがらす)」を祭っています。

 八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話に登場するカラス(烏)であり導きの神。神武東征の際、高皇産霊尊(タカミムスビ)によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされています。一般的に三本足の姿で知られ、古くよりその姿絵が伝わっています。

 かつて熊野地方に勢力をもった熊野三党(榎本氏、宇井氏、藤白鈴木氏)の威を表すともいわれています。あるいは天地人を表すとも言われているそうです。

 日本サッカー協会のシンボルマークおよび日本代表のエンブレムの意匠として用いられています。



 中の神殿は直接は見えませんが、横の柵から越しに写真は撮れます。とても立派で那智の滝も祭っているので一つ多めになっています。


 隣に「青岸渡寺(せいがんとじ)」があり、中世から近世にかけて隣接する熊野那智大社と一体化し、那智山熊野権現や那智権現と呼ばれ、全体で7寺36坊もの坊舎を有する神仏習合の修験道場でした。

 明治になり神仏習合が廃されると、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されましたが、熊野那智大社では如意輪堂は有名な西国三十三所の第一番札所であったため、破却はされませんでした。



 那智の滝が奥に観られ素晴らしい景色です。


 那智と言えば碁石の黒石の原料です。門前には那智黒を扱うお土産屋さんが並びます。


Oct.30.2021(Sat)11:30 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

熊野古道と熊野三山 その5

 昨日は「熊野本宮大社」から熊野古道中辺路であったコースで、田辺方面に向かい記念館に寄り白浜の「浜千鳥の湯 海舟」に宿泊しました。

 ホテルからの白浜の海はとても綺麗でした。ホテルの庭の一番下に海を見渡せる大浴場があります。階段を沢山降りる必要があり、階段は疲れ切っているので今回はパスしました。



 



 白浜から熊野古道大辺路であった海沿いの道を走り那智へ向かいました。

 串本町の道の駅「橋杭岩」で休憩。まるで橋の杭のような奇岩が並びます。



 那智大社に到着。ここから473段の石段を登り社殿に向かいます。

 



 この鳥居を過ぎると間もなく那智大社です。


 今日は土曜日とあって、賑わっていました。


Oct.30.2021(Sat)10:30 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

熊野古道と熊野三山 その4

 熊野川に向かい「瀞峡(どろきょう)めぐりの里」で昼食。

 船に乗りたかったのですが、今回は古道歩きです。

 ここから川を上ると、日本一大きな村「十津川村」があります。「谷瀬の吊り橋」、「果無(はてなし)集落
」、「人力ロープウェイ」など見所が多くあります。

 



 昼食後中辺路ハイキングになりました。「三軒茶屋跡」から「熊野本宮大社」までの道ですが、古代の道そのものでとても疲れました。


 やっと熊野本宮大社に到着です。古風な作りです。沢山歩いた後なので、御利益が沢山あるような気になりました。


 現在でも古道を全て徒歩で訪問する人は大変な御利益を感じられることでしょう。


 熊野本宮大社は元々は川の中州にあり水害で損壊し、現在の場所に移設されました。

 元の場所には大鳥居が作られています。

 今日の宿は白浜温泉の「海舟」です。沢山歩いたので疲れを癒やさなければ。



Oct.29.2021(Fri)14:30 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

熊野古道と熊野三山 その3

 熊野市の「熊野クラブ」を出発し、熊野三山の一つである「熊野速玉大社」に向かいました。ここは平地で門前までバスで到達出来ます。

 鳥居に屋根があり、足下にそれぞれ2本の柱がある珍しい鳥居で安芸の宮島の鳥居と同じ作りだそうです。



 とても立派な神社です。空の青さが引き立てます。


 朝早いので参拝人はまばらです。


「熊野速玉大社」から那智に向かい中辺路の一部である「大門坂」から熊野古道の雰囲気を感じる20分ほど歩きました。

 高貴な方が宿泊した宿の跡を通りました。ここには「南方熊楠」が3年間滞在したそうです。南方熊楠については書き切れないので何時の日か・・・

 



 比較的歩きやすい古道ですが、木々が鬱蒼と茂り古代からある古道の雰囲気が感じられます。


Oct.29.2021(Fri)10:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

熊野古道と熊野三山 その2

 神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られたとの説明の案内板がありました。

 案内板も古めかしい!



 建物は何も無くて大きな崖の岩だけです。素朴な古代信仰を感じさせます。


 宿泊は熊野市の「熊野倶楽部でした。

 別棟の食堂は綺麗に飾られて眺望籾毎でした。



 食事もとても良くて満足しました。


 部屋は2部屋ずつの戸建てで、確執に露天風呂も付いていて豪華でした。

 移動は施設内のマイクロバスです。



Oct.28.2021(Thu)19:00 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin

熊野古道と熊野三山 その1

 名古屋駅からバスで熊野に向かいました。松坂ですき焼きの昼食。

 肉はそれほど得意では無いけれど、これは美味しくいただけました。

 



 熊野古道は1本の道ではなく、東西南北から熊野エリアをつなぐ5本の道(伊勢路、紀伊路、中辺路、大辺路、小辺路)があります。

 熊野古道の歴史は平安時代まで遡るほど古く、時の実力者だった後白河法皇や百人一首の撰者を務めた藤原定家も通った道。

 熊野三山と呼ばれる「熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)」、「熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)」、「熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)」と「那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)」の三社一寺をつないでいます。

 今回三重県側の伊勢路から入りました。



 伊勢路沿いの熊野市の七里御浜を望む「花の窟(はなのいわや)神社」を訪問。日本最古の神社です。

 神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵です。平成16年7月に花の窟を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されました。

 花窟神社(花の窟神社)は日本書紀にも記されている日本最古の神社といわれて



 建物は無くて大きな崖の岩が御神体になっています。


 伊勢路沿いの熊野市の七里御浜

 天気が良くて風も無く、静かな海でした。



Oct.28.2021(Thu)14:30 | Trackback(0) | Comment(0) | 気紛れ写真 | Admin


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