Cat Schroedinger の 部屋
 
                        雑談の部屋です。
 



2008年5月を表示

連休明け

 連休明けで、仕事が山のようにありました。一日中働きっぱなしで、超疲れ・・・・

 無気力になって、何も出来ません・・・

 Blog も書けません・・・・



2008年5月10日(土)23:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

書道展

書道展に行きました。書道は漢字系と、ひらがな系に大きく別れるのが普通です。

 少し変わったと言うか、ひらがな交じりの漢字で書かれた作品が多く出されていました。考えてみれば、普通の文章は、ひらがな交じりの漢字が普通です。むしろ書道だけが、従来からどちらだけで書かれることの方が、不自然です。

 納得しました。しかし漢字は力強く書くし、ひらがなは良寛の書が最高と言われるように、柔らかく書かれるのが普通です。草書は確かに漢字も柔らかく書きますが、行書とひらがなを、混じって書くにはかなりの力量が必要に思えました。

 え・・私ですか?

 両親ともに達筆ですが、私は習字も、書も駄目です。子供の頃は書道教室に行ってたこともありましたが、効果はありませんでした。
     (。_・)ドテッ

 親戚などの集まりで、記帳するときは焦ります。親戚の人は、親が上手だと、子供も上手と思いこんでいたりします。字は遺伝しません。(キッパリ)

 字が下手ですから年賀状は、裏も表も、印刷です。



2008年5月9日(金)00:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

食事会

 今日は食事会がありました。旧友といろんな話をし、2次会も楽しく過ごせました。

 3次会は焼鳥屋でしたが、とても庶民的な店でした。

 すっかり酔ってしまい、陽気にはしゃぎました。初めの内はまともに話していたのですが、話が段々支離滅裂になりました。

 意味のない話をし合うのも、旧友ならではです。



2008年5月8日(木)01:51 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

静岡空港

 島田の方に行ったので、帰りに静岡空港を見学に行きました。金谷方面から牧ノ原ICに向かって、左折すると、少し走りますが空港入り口がありました。

 帰りは島田に向かって吉田ICから帰りました。どちらからもそれほど遠くなく、車なら便利なところです。すぐ傍を新幹線が走っています。

 空港賛成、反対両方有って良いのでしょうが、少なくとも場所的には山の中で、茶畑が有ったところですから、その点ではそれほど反対する意味はないような気がしました。多分空港が出来なければ、100年経っても茶畑か、山林でしょう。

 反対派の主流の意見はお金がかかりすぎることと、使い道が少ないことのようです。確かにそうかも知れません。

 でもサッカーのワールドカップに使った「エコパ」はもの凄いお金を使ったのに、殆ど使い道がありません。毎日芝のお手入れしているだけです。あの時反対すべきでした。

 空港は無駄かも知れませんが、サッカー場よりはマシです。(笑)

 空港の端に展望台が有って、親切に望遠鏡が置いてありました。土埃がひどく、写真は上手く撮れませんでした。とてつもなく大きなダンプカーが何台も行き来していました。



 遠くからしか見えませんが、結構立派な建物です。晴れた日には富士山も見えるそうです。

 こんなに出来ると、説得力があります。夢があります。問題は山積みですが、出来たからには経営も上手く言って欲しい物です。

 下に新幹線の駅が有れば、繁盛間違い無しですがね~~

 



2008年5月7日(水)22:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気紛れ写真 | 管理

今は昔しずおか懐かし鉄道

 今は昔しずおか懐かし鉄道

著者名
静岡新聞社/編

出版社名
静岡新聞社 発行年月 2006年6月


BOOKデータベースより
 本書は静岡新聞が昭和五十五年に「鉄道物語」として連載し、翌年に「静岡県鉄道物語」のタイトルで単行本化したものの中から、とうの昔に廃線になった鉄道を中心に「今は昔 しずおか懐かし鉄道」として再構成し、一部書き下ろしを加えた。

目次:
豆相人車鉄道  人が客車を押して走る
富士馬車鉄道  静岡県内の馬車鉄道第一号
御殿場馬車鉄道  頼みは富士登山客と山梨県との物流
南豆馬車鉄道  金山と運命をともに
堀之内軌道  日本最初のディーゼル機関車
中ノ町線  東海道をラッキョウ軽便走る
安倍鉄道  田んぼの中ののどかな軽便
藤相線  中遠線とつなぎ日本一長い軽便鉄道
奥山線  人々に親しまれて半世紀
光明電鉄  わずか七年で消えた幻の鉄道
庵原軽便鉄道  全線開通から二年の短命
蛇松線  静岡県初の鉄道
清水港線  一日一往復の通学列車
静鉄静岡線 (戦前編)初めは静岡茶の大量輸送のため
遠鉄西鹿島線 (戦前編)好調な貨物輸送で基礎築く

感想
 現代の鉄道とは、かなり違います。実に簡単な作りでした。僅かに12人乗りの電車とか、機関士が3人しかいない鉄道会社といった具合です。

 遊園地の電車を延長しただけみたいな物もありました。それでも当時は絶大な人気で、地方の夢と期待を掛けた交通手段でした。

 現在も残っていたらと思うのですが、当時も存続させようと、あらゆる努力をしたようです。地方でちいさな鉄道が、時代の変化に対応しながら生き残ることは、殆ど不可能だったようです。

 ちょうど現代の村おこしだとか、再開発といった感じです。読むほどに懐かしさとか、惜しむ気持ちより、現実の経営の厳しさが、ありありと書かれています。
 
 単に鉄道好きの為の本と言うより、経済の厳しさが伺われるような示唆に富んだ本でした。

 ふと静岡空港開設とか、地方の新幹線誘致などの問題を再考しました。



2008年5月6日(火)23:29 | トラックバック(0) | コメント(0) | 書籍 (短歌、漢詩) | 管理

みんなで

 今日は親戚が集まって、賑やかでした。仕事持っていると、連休か、お正月くらいしか集まれません。

 例年飛び石だとか、4連休とか、国できっちり1週間とか10日間とか、休みにしてしまえば、簡単で予定も立てやすいと思うのですが・・・

 今年なら、4月28日、30日、5月1日、2日の4日間休みにすれば、10日間の連休です。

 毎年5月1日から7日までは、連休にしましょう。その時に休めない人は、代替えで7日くらいの連休を取るのです。

 ヨーロッパなどでは、バカンスを取るのは当たり前です。アメリカでもそういうシステムはあります。またその時に代わりの人が、お金の使い方などをチェックします。
 その方が年金を何億円も使い込むとか、銀行マンが使い込むとかが、チェックできます。休暇は必要なのです。

 一年の内どこかで、10日から2週間くらいの連続した休暇を取ることを義務づけるべきです。連続でないと認めないとすべきです。
 簡単です。労働基準法をちょっと変えるだけです。過労死も少なくなります。(笑)

 実は日本でも、銀行などでは、既に連続の休みを取ることを義務づけています。その間にチェックしています。アメリカでは、銀行マンなどは、突然休みを言い渡されたりするそうです。

 たとえ給料が下がっても、ワーキングシェアーという考えからも、休暇は必要です。



2008年5月6日(火)00:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

一日中のんびりと

 休みで、町は混雑しているし、一日中のんびりと過ごしました。


2008年5月4日(日)23:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | 今日の出来事 | 管理

 落語と忠臣蔵

 落語と忠臣蔵と言えば、重要なのが上方落語に有ったのを忘れていました。これは全編歌舞伎づくしの噺です。 

 題名はそのまま「七段目」

 芝居好きの商家若旦那が親に注意され、二階で一人で歌舞伎のまねをしています。奉公人が注意に行くのですが、これが同じように芝居好きで、芝居の真似して階段から転げ落ち、
 「てっぺんから落ちたのか?」

 「いいえ、七段目」

 この噺は、歌舞伎のパロディーになっているので、かなりの歌舞伎通でないと、面白さは解りません。

 親から注意されて、返事をする若旦那の台詞が、全て歌舞伎の台詞になっています。

 調べるのが大変ですが、「世紀末亭」 上林正典(かんばやし・まさのり)氏のHPに詳しく解説されていましたので、ここに紹介しました。

 「巡礼にご報謝を~」
   =『傾城阿波の鳴門・巡礼歌の段』おつる、お弓再会の名場面。

 「しばらくしばらくしばらく、あッ、お待ちなされて、くださりませぇ~」
   =『暫(しばらく)』清原武衡(きよはらのたけひら)が、自分の意に従わない人々を家来に斬らせるところに、登場する鎌倉権五郎(かまくらごんごろう)の台詞。

 「ははァ~ッ、遅なわりしは拙者重々の誤り」
   =『仮名手本忠臣蔵・三段目』塩谷判官の台詞「遅なわりしは拙者が不調法」から。

 「そら、わらわとて同じこと」
   =『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)・花渡しの段』親同士の不和を知りながら密会する倅を探しに行こうとする清澄に対し、同じく娘を探しに行こうとする定高の台詞。

 「枝振り悪しき桜木は、切って接木をいたさねば、太宰の家が立ちがたし」
   =『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)・妹山背山の段』太宰の後室定高の名台詞。
 
 「おぉ、父っつぁん、そのお嘆きはご無用ぉ、ご無用ぉ」
   =『義経千本桜・すしやの段』鮓屋の権太の台詞から。

 「どこのどなたか存じませんが、これは男のシャ面を」
   =『夏祭浪花鑑・長町裏の段』舅義平次が九郎兵衛をいたぶり、雪駄で眉間を割る場面。のはず?

 「晦日(みそか)に月の出る郭(さと)も、闇があるから覚えていろぉ~」
   =『曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)・甲屋奥座敷』御所五郎蔵の台詞から。

 「あの太鼓の鳴る時には町々の木戸も開き、吉祥寺へも行かれるとのこと」
   =『伊達娘恋緋鹿子・火の見櫓の段』

 「もしも翼があったなら、羽が欲しぃ、翼が、あッ、欲しぃ~」
   =『本朝廿四孝・奥庭狐火の段』父の企てる夫勝頼暗殺計画を知り、追っ手が迫る前に早く知らせたいと、はやる八重垣姫の台詞。

 「芝居の真似をやめればよし、やめぬなんぞとぬかすが最後」
   =天保年間の『裏表忠臣蔵』上演の際に三段目・裏門の段をもとに書かれ、現在では『仮名手本忠臣蔵』四段目のあとに上演されることが多い「道行旅路の花婿」の中にある勘平と鷺坂伴内の立ち回りでの台詞だと思われます。
   =『仮名手本忠臣蔵・裏門の段』の勘平と鷺坂伴内の掛け合いと、それに続く捕り物から? 歌舞伎独特の台詞回しを連ねただけ?

         世紀末亭 上林正典(かんばやし・まさのり)氏のHPから引用しました。     
http://homepage3.nifty.com/rakugo/index.htm

              



2008年5月3日(土)22:16 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

落語の中の忠臣蔵

 当時、一番人気だったのは『仮名手本忠臣蔵』で、中でも、塩治判官の切腹場面である四段目は、芝居通の見るものとされていました。

 落語にはそのままの題名「四段目」というのがあります。
 芝居好きの丁稚の定吉が、店の仕事をさぼって、芝居小屋に足を運びます。叱られて、蔵に閉じこめられるという話です。

 同じく四段目の役作りに苦労する話に「淀五郎」があります。これは正蔵の得意噺の一つでした。

 忠臣蔵の話には「赤垣源蔵」などもあります。



2008年5月2日(金)00:29 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

「中村仲蔵」

 「八代目林家正蔵」の「中村仲蔵」を聞きました。正蔵の話には歌舞伎の話が多くあります。落語が盛んだった頃は、一番の娯楽と言えば歌舞伎でした。ですから歌舞伎の話は落語には沢山出てきます。

 志ん生も、「私も若い頃は羽左右衛門に似ていると言われ・・・」などと言ったりしました。もてるのなんの、「煙管の雨が降るようだ・・・」これは「助六」からのたとえです。

 歌舞伎を観ない人も多くなり、次第にこの様な話はされなくなりました。また落語の中でも、歌舞伎に関連したジョークも使われなくなりました。西洋人はシェークスピアや、有名なオペラはおおよそ知っているのに、日本人が歌舞伎や、能を全く知らないのは残念です。これではせっかくの落語も本当には理解できません。

 中村仲蔵の名義は四世までで、なかでも初代と三代目は有名です。噺は初代の話です。
 初代仲蔵は、四代目市川団十郎に認められ、名題に抜擢されます。

 この噺では、仲蔵が名題になり、『忠臣蔵』を上演するということになったものの、彼に与えられた役は、斧定九郎という端役。これは忠臣蔵の五段目、ちょうどお昼時に出てきて、観客が食事しているときに、すぐに殺される役です。

 気落ちして上方にでも行こうかと思うのですが、奥さんの助言で気を取りなおし、名役にまで仕上げるという苦心談です。

 歌舞伎と、実際の赤穂浪士の討ち入りとは、かなり話が違います。事件が起こったのは元禄14年(1701年)ですが、芝居が掛けられたのは寛延元年(1748年)です。

 話は幕府の目を恐れて、室町時代の設定になっています。十一段の長い話です。ちなみに一段目大序は「兜改め」、二段目は「松伐り」、三段目「進物場」「刃傷」、四段目「判官切腹」、五段目にこの話になります。

 登場人物は、塩冶判官(内匠頭)の悪家老斧九太夫から勘当されて、盗賊になった「斧定九郎」、塩冶判官(内匠頭)の家来の「早野勘平」、腰元で恋人の「お軽」お軽の父である「与市兵衛」などです。

 話はややこしいのですが、斧定九郎は100両で、身売りしたお軽の手付け金50両を強奪するやいなや、すぐに勘平に鉄砲で撃たれてしまいます。

 落語の中でも語られますが、現代でもリアルな立ち回りです。斧定九郎は非情な悪人として見事な演出です。
以前は赤塗りの単純な悪人であったのを、中村仲蔵が非情さを表現した定九郎にしたのです。大変な評判になって芝居は大当たりとなります。

 中村仲蔵は、師匠から誉められ、煙草入れを貰います。
オチは、師匠の家から帰ってくるなり、奥さんを拝み出したので、照れながら、

「なんだい、さっきは落ち込んでいたかと思うと、今度はあたしを拝んだりして。煙に巻かれるよぅ」
「煙に巻かれる? あぁ、貰ったのは煙草入れ。」



2008年5月1日(木)23:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理


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