Cat Schroedinger の 部屋
 
                        雑談の部屋です。
 



2016年3月17日を表示

「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」

「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」

 島田バイパスの4車線化工事は大変な難工事です。もともと静岡~浜松までのバイパス工事でも一番最後に完成しました。

 島田市は旧島田市と旧金谷町と合併しましたが、大井川を挟んで島田宿と金谷宿でした。橋が無かったため、川越制度でした。川戸目が長く続くと量宿は沢山の人が宿に留め置かれました。

 江戸幕府の防衛のためのようでしたが、江戸中期には平和になりました。所が橋を架けると両宿場の宿、忍足など経済的な損失が大きくなることを憂いて橋を架けなかったとも言われています。江戸幕府は何事も全例を重んじ変化を極力嫌っていました。

 東から下ると、やっと大井川を超すと、次は小夜の中山(さよのなかやま)です。箱根峠、鈴鹿峠と並んで東海道の難所でした。

 島田市は車から考えると、とても不便なところです。東海道線の駅は有りますが、国道1号線のバイパスしか有りません。旧国道1号線もほぼ並行して走っていますが、山越えの細い道です。

 東名高速はずいぶん離れて南を通り、牧ノ原ICか吉田ICしか有りません。どちらで降りても大井川を渡らなければ成りません。大井川は南北に流れてから、旧島田市を取り囲むように東に向かって流れ、最後に南東に向かって流れます。大井川の橋は極少なくて、どの橋も渋滞します。

 やっと完成した新東名のICも大井川を渡った旧金谷町側に出来ました。旧島田市はどのICからも大井川で隔絶され静岡市文化圏の西端です。掛川、浜松方面とは文化的にも全く違っています。

 同様に掛川市は浜松文化圏の東端です。掛川は東名高速のIC、新幹線の駅、国道1号線のバイパスが市内を通り、新東名のICはかなり北の森町ですが、それほど遠くありません。

 島田市にとって、さらに東西の文化圏を繋ぐ道路として島田バイパスの4車線化はとても重要です。江戸時代から難所であっただけに工事もやっぱり大変そうで、何時完成するのか見当が付きません、おそらく5年以上はかかりそうです。

 昔から「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と歌われましたが、現代でもなかなか越せません。

 



2016年3月17日(木)23:26 | トラックバック(0) | コメント(0) | 車の話 | 管理


(1/1ページ)