Cat Schroedinger の 部屋
 
                        雑談の部屋です。
 



落語
~説明~
落語が大好き。

「真田小僧」と「野ざらし」

今日は寿司屋で定例の落語会でした。
出し物は「真田小僧」と「野ざらし」でした。
どちらも軽い話でしたが、軽快な語り口で、楽しく聞けました。

「野ざらし」の方は普通自分を釣るあたりで終わるのですが、今回は太鼓もちが訪ねて来るところまで演じられました。落語が終わってから、師匠を囲み、芸談議。楽屋の裏話なども沢山聞けて、面白かった。今日の落語と同じ位面白かった。
襲名披露の話など、跡目問題は、どこの世界にでもある話。
また古今亭志ん生は舞台からは想像できない、人見知りが強く、楽屋でも黙って端っこに座っていたそうです。飲み屋でも端っこに座って、「あれ志ん生だ!」などといわれると、こそこそ逃げ出す人だったそうです。

今日の落語のあらすじは
「真田小僧」
小憎らしいが利口な子供。
親父に小遣いせびるが、貰えないので、
「この前の晩、おっかさんを訪ねて男の人が来た...」
と、思わせぶりな話をし、小遣いをせびります。最後まで聞いてみると、何の事はない 男はただの按摩。
親父は怒ったが、子供はまんまと逃げてしまう。
「憎らしい餓鬼だ。それに引きかえ真田幸村は父の昌幸と出陣し、城を松田尾張守・大道寺駿河守に取り巻かれた時、松田方の定紋・永楽通宝の付いた旗を揚げ、大道寺方に夜討ちを掛けた。大道寺方は松田方の裏切りと勘違いし、同士討ちとなった。その隙に真田方は危機を脱する事が出来た。以来、真田家は永楽通宝を六つ並べた「六文銭」を定紋とした。うちの餓鬼とはエライ違いだ。」と、親父がぼやいていると、子どもが帰ってくる。

  どこに行ってたのかと聞くと、講談を聞きに行ってお金を使ったと言う。そして立ち聞きした今の話をすらすらと話し、親父を驚かせる。
さらに「六文銭って、どんなんだい?」親父は小銭を取り出し、
「こうやって銭が二列に並んでいるんだ。」
「おいらにも、やらせておくれよ。」実際にやってみないと判らないとか言い出て、銭を勘定する振りをして、また持ち逃げしてしまう。
「ちくしょう、また、引っかけやがった。今度はそれを持って、どこへ行くんだ?」
「ヤキイモを買ってくる。」
「う~~ん、ウチの真田も薩摩へ落ちたか。」

「野ざらし」
独り者の隠居のうちから、夜中女の声がする。翌朝、隠居を問いただすと、実は幽霊で、釣りの帰りに供養した骨の御礼だったと言う。八五郎は、幽霊でもいいから来て欲しいと嫌いな釣りに出かける。

釣り場ですでに釣っている人たちに、めちゃくちゃなことをします。自分たちだけで、いい女を手に入れようとしてとか言いがかりを言ったり、さをを振り回して、迷惑かけたり、えさつけないで、釣ろうとしたり、そのうち一寸年増のいい女が訪ねてきて、いい仲になってと、妄想がどんどんエスカレートしていって、そのうち自分の顎を、釣り針で引っ掛けたりして、大騒ぎします。他の釣り人はあきれて帰ってしまい、忘れていった弁当食べたりしているうちに、とうとう骨を見つけます。わざわざ買ってきてある酒をかけて、自分の家へ来るように言い残します。それを傍で聞いてた太鼓持ちが、仕事にしようと八五郎の家を訪ねてきます。太鼓と聞いた八五郎は、「しまった人の骨でなくて、馬の骨だった」



2005年9月20日(火)23:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

江戸時代の時刻 「時そば」

「時そば」

  往来で屋台の蕎麦屋を呼び止めた男。看板、割り箸、丼、出汁、そばなど、すべて褒めちぎり、「いくらだい? 16文、銭は細かいよ~、手出しね~、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、今何どきだい?」「九つで・・・」 「とお、十一、十二・・・」と上手く一文ごまかした。
  これを見ていた別の男、俺もやってみようと、あくる日細かい銭を用意して、少し早めに別の蕎麦屋を見つけて、まねをして誉めようとするのだが、看板はひどい、丼は欠けている、出汁はまずい、そばはひどいといった具合、勘定を払う段になって、「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、今何どきだい?」「へえ四つです。」「五つ、六つ、七つ・・・」

  「今何どきだい?」は当時時間を聞く言葉です。江戸時代は時間を表すのに二通りあって、子(午前0時)、丑(午前2時)、寅(午前4時)・・・という言い方。

   もう一つは夜明けを明け六つと言い、二時間ごとに五つ、四つと言います。三つにはならなくて、お昼は昼九つになって、現代の2時頃には八つになります。おやつの時間はここから来ています。現代の4時頃は七つ、日の入りの6時頃には暮れ六つとなります。その次はまた宵五つ、四つ、で深夜0時には九つになります。その後明けまで八つ、七つとなります。

   先の上手く一文ごまかした人は、九つですから深夜0時頃です。
後の損した人は、22時頃です。

   酔っ払ってタクシーなどに乗って、お金払うとき「運ちゃん、細かいよ~間違うといけないから、百円、二百円・・・今何どきだい?」「はい、午前3時ですね~」四百、五百、六百・・・」とふざけた方もあるかと思いますが、時間がかかって迷惑ですね。



2005年9月15日(木)00:45 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

江戸時代の時刻

昨日暦の話が出たので、今日は時間のお話。
落語にも「ときそば」などの話があります。

  江戸時代は、日の出を明け六つ、日の入りを暮れ六つにしていたので、夏と冬とでは一刻(いっとき)の長さが随分違いました。夏は昼間が16時間くらいでしたが、冬は昼間が11時間くらいしかありませんでした。それを六等分していたのだから、夏と冬とでは一刻(いっとき)の時間は現代の時間と比べると、夏は1時間が80分で冬は1時間が55分くらいでした。
  なんだか出鱈目のようですが、これはこれで意味があったのです。当時は明かりが無かったので、夜は仕事しませんでした。ですから、お仕事は明け六つから暮れ六つまでと決まっていて、仕事に密着した時刻の表し方でした。
 
  暦も太陰暦でしたが、夜は月明かりに頼っていたため、夜のお出かけには便利でした。十五日は必ず満月でした。
 
  江戸時代の人は、江戸初期からグレゴリオ暦は知ってはいましたが、採用しなかったのです。現代の時計も、もちろん知っていました。
  日本で最古の西洋式の時計は、スペイン国王が慶長17年に徳川家康に送った、マドリッド製の置時計で、静岡県の久能山東照宮博物館にあります。日本平の所からケーブルに乗って行く所です。静岡生まれのよい子の皆さんは、遠足かなんかで行った事あるでしょうね。悪い子は、暴走運転に行っていたでしょう。一寸古ぼけて見えますが、歴史上は大事な物です。当時かなりの数の時計が持ち込まれましたが、そのままでは役に立ちません。だって毎日1時間の長さが変化してくんだから、それに昼と夜とでも1時間の長さが違います。
 
  そこでついに、天秤時計という物が発明されました。季節によって天秤に架ける錘の位置を変えるというものです。でも昼と夜とでは錘の位置を変えなければなりません。そこで更に二丁天秤という究極の時計が発明されました。これは中に昼用の時計と、夜用の時計が二個入っていて、自動に切り替えるようになっていました。もちろん錘は季節によって架け替える必要がありました。素人の手に負えるものではなくて、大名時計と言って、大名が使っていました。時計係が何人も必要でした。



究極の二丁天秤時計
写真提供:セイコー時計資料館



2005年9月14日(水)23:29 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

「薮入り」

今日はお盆です。お休みの店も多く、商店などはお盆に休みを取るところが多いようです。毎年この時期になると、もうずいぶん聴いていませんが、出っ歯の「金馬」の顔と、「薮入り」と言う話を思い出します。子供の頃家にも住み込みの人が何人かいました。もう当時、毎週日曜日は休みでしたが、やはり正月とお盆は特別で、里の親にお土産などを持たせたりしていたようです。

昔は、お盆は正月と同様に、大切な日でした。江戸時代は大きな商店には、丁稚奉公という制度があって、子供の頃田舎から出てきて、住み込みで働きます。始めの1~2年は里心がつくといって、里には返さないのが普通で、勤め始めてから2~3年目に正月と、お盆の頃休みが貰えて、里に帰ります。これを「薮入り」と言いました。本来は、嫁や婿が実家に帰る日を言いました。

一年でこの二回だけが里に帰れる日でした。今なら労働基準法違反で労働基準監督署の査察が入りますが、当時はそれが普通でした。やがて出世すると、番頭となって、功績が認められると、暖簾分けといって、独り立ちして、店を持つことも出来ました。

この薮入りの話が落語にあります。げらげら笑う話ではありませんし、今の時代にはまったくマッチしていませんが、親子の情を実にたくみに語る良い話です。ややもすると、泥臭くなる話を、江戸っ子の荒っぽい父親が、子供を思う気持ちを演じるのがとても難しい話です。

奉公に出ている亀吉が薮入りで帰ってくる。心待ちにしていた父親は、亀吉の好物を喰切れないほど作ってやれとか、回り切れないほどの場所に連れていってやると大張り切り。翌朝、掃除をしながら待っているところに、亀吉が帰ってくる。立派になった亀吉に感心し、湯屋に行かせる。その間に亀吉の荷物を見てみると、小僧には不釣り合いの15円の金が出てくる。何か悪事をしたに違いないと、息子が湯から帰って来ると親父さんはいきなり殴ってしまう。
  泣き出す息子を母親がなだめて訳を聞くと、ネズミを捕まえては交番に持って行き、懸賞に当たってもらったお金をコツコツと貯め、今日は薮入りと言う事で主人に預けておいたお金を主人から頂いて親孝行しようと持って帰ってきたのだ、と聞いて両親は感動して
 「これからも ご主人さんを大切にしろ、これもやっぱりチュウ(忠)のおかげ!」で下げになります。

この話はなんと言っても、三代目 三遊亭金馬(1894~1964)の十八番でした。子供の出てくる話を得意としていて、有名なところでは、酔っ払いが店の店員に無理難題言って困らせる「居酒屋」や、ませた子供がお金を見たこと無いそぶりをし、お雛様の刀の鍔(つば)かなと、演技する「雛鍔」などがあります。



2005年8月15日(月)20:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

談志の五大落語家論:立川談志

 若いころの談志が、当時の名人上手と言われた、噺家を分析的に語っているのを聞いた。

 桂文楽、古今亭志ん生、三遊亭円生、桂三木助、柳家小さんの5人について、言いたい放題。自分の師匠である小さんについて一番厳しい。

 同じ話でも、それぞれ違った話しぶりを、分析的にまねっぽく演じて見せて、説明しているのは、なかなかの演技力。



2005年7月12日(火)23:55 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

びんぼう自慢 2


 先日落語会の後で噺家と雑談中、ふと志ん生についてたずねた所、アレはものすごく練習してあるんだと言われた。この本を読んで、芸に対しては一生懸命だったと思える箇所が沢山出てきた。やはり天才とか名人とかは、まずその仕事が好きなこと、あとは少しの才能と、沢山の努力だと改めて思った。

志ん生の名言

三道楽
 「オレも、随分と馬鹿なことォして来たもんだよ。三道楽は免許皆伝だし、貧乏神とは礼状の束が来るほどのつきあいもしたし、・・・オレだって、少しはマシなとこだってあるんだよ。いくら道楽三昧したり、底抜けの貧乏したって、落語てえものをいっときも忘れたことァない。ひとつことを一生懸命つとめていりゃァ、人間いつかは花咲くもんだ。今の若い人にも。そういうことを話ィしてやりたいな、ウン、オーイ、酒ないよォ、もう一本持って来いッ」

修行
 寄席へ行くときや帰るときなんぞ、うっかり電車にのろうもんなら、往復で7銭もとられる、もったいないから、どんな遠い所へも歩いて行くんです。・・・歩くったって、ただボンヤリ歩くんじゃァなしに、落語をひとりで稽古しながら歩くんです。・・・あたしは、人間はズボラだが、落語(はなし)てえものが好きだから、入って三年間ぐらいは、自分でそういっちゃァなんだが、随分、稽古には精出しました。

酒ひとすじに
 戦争がもっときびしくなるにつれて、その酒がないってことが、あたしにとっちゃァ爆弾が降ってくるよりこわかった。

死ぬのを覚悟で満州へ
 「向こうには、まだ酒がウンとあるてえから、冥土の土産にたらふく飲んでくるよ。・・・」
このとき一緒に行ったのが、三遊亭円生だった。円生は「お国のためですと・・」



2005年6月27日(月)23:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

びんぼう自慢

「びんぼう自慢」古今亭志ん生:筑摩文庫
1977年に立風書房から刊行されたものだが、文庫本になったので購入。

 志ん生の自伝である。取材して、録音した物を本にした物。
 
 題のごとく恐ろしくびんぼうで、と言うか無頓着で驚く。しかしこの下地があって、彼の落語の中に出てくる庶民の、貧乏なのに生き生きとした生活ぶりの描写は、実に真に迫って素晴らしい。

 彼の落語での特徴は、話の中で随分乱暴者が出てきて面白いのだが、よくよく聞いていると、その乱暴者の周りの登場人物は、とても親切で優しかったり、常識人ばかりなのだ。それに乱暴者も意外と優しい面を持っている。現代の他人をあざ笑うような笑いと違って、実はとてもさわやかな笑いなのです。

 志ん生の言葉にこんなのがあった。「人の心のふれ合いてものは、暮らしのよしあしとは違いますねえ。お互いが理解しあって、助け合って、一緒になって笑ったり、泣いたりする。あたしなんぞ、いまでもあの時分の、なめくじ長屋の生活てえのが、とってもなつかしく思い出されてきますよ。」
 
 この時代にはまだ、古き良き江戸の名残があった。



2005年6月26日(日)23:28 | トラックバック(1) | コメント(1) | 落語 | 管理

「小沢昭一がめぐる 寄席の世界」

小沢昭一の「小沢昭一がめぐる 寄席の世界」朝日新聞社を購入した。

 桂米朝と小沢昭一の対談で、いつも対比される五代目古今亭志ん生と、八代目桂文楽(黒門町)の話が面白かった。

どちらも名人だったが、米朝が師匠から聞いた言葉が、「わしらでも努力をすれば文楽にはなれるかと思う。だけど志ん生さんにはいくら努力してももうなれない。」

 立川談志と小沢昭一の対談では、小沢昭一が晩年の志ん生の家に遊びに行ったとき、「いよっ」なんて声で迎えてくれたけど卓袱台の下に何か隠した。師匠がトイレに行くすきに隠した物を見たら、橘屋円喬の速記本だった。
 談志が、徳川無声から聞いた話に「どうも志ん生さんは、演出をしているような感じがする」

 本人は天衣無縫と言ってたし、天才と思われてたが、実際はものすごい努力してたようだし、それ以上に努力したと思わせない芸風が凄いと思った。

 小さん師匠から「剣道やれ」と言われて、「金を賭けないスポーツは不純だからやらない」と談志が言って殴られた話。

 談志が、小さん師匠に

 「てめえのせがれを勝手に(三代目)三語楼にした。」と言ったら、
 「あれは、みんながしていいって言うから、したんじゃねえか」
 「ヨイショだって、なんで気が付かないの」
 「うるせえ、このやろう」
この会話で3ヶ月くらい口利かなかった。


やっぱり談志は落語より、毒舌が面白い。



2005年6月1日(水)20:22 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

落語会

久しぶりに落語会に行った。落語が終わって、噺家さんと一杯飲みながら、落語談義。
今日の演題は

「強情灸」
この話に入る前の枕に、熱い風呂に我慢して入る描写がなかなか面白い、
「なんともぬるいねこの風呂は、う~~~んぬるいと声が出るね~~」「おっと動いちゃいけません~」
 
 ある男が峰の灸を三十二ヶ所いっぺんにすえて来たと得意になって自慢話をする。それを聞かされた友だちは面白くない。「なにを、てめえなんぞ、豆粒みたいな灸をすえやがって、こちとらぁ、そんなケチな灸なんぞすえねぇ。」といって箪笥からもぐさの袋を出し、ソフトクリームみたいにてんこ盛りにして腕にのせる。「ほら、見ねぇ。煙が浅間山のようだぜ。八百屋お七は十七か八で火あぶりになってらぁ。石川五右衛門なんざぁ、釜ゆでだよ。しかも湯じゃぁねぇ、ぐらぐら煮える油の中で歌を詠んでいらぁ。石川や浜の真砂はつきぬとも…。」
 もぐさの火がだんだん下へ広がり男の腕は燃えるように熱くなる。それでも強情な男は「熱い。」言わずやせ我慢して…。



「小言幸兵衛」 ((こごとこうべえ))

麻布古川に済む家主の幸兵衛。
世話好きでもあるが、のべつ叱言を言っている。
貸し家札を見て借りに来た人にも、
”聞き方が悪い。そんな礼儀知らずには貸せない。”
と、断ってしまう。
次に、とても言葉づかいの丁寧な仕立屋が、借りにやって来る。
感心して話を聞いてみると、夫婦には男前で仕事も出来る一人息子がいると言う。
それを聞いた途端に、幸兵衛は機嫌を悪くし、貸せないと言い出す。
訳を聞いてみると、
”長屋に住んでいるの古着屋の娘が年格好も良く、
 器量も良いので、仕立て屋が越してくると、
 きっと息子と良い仲になってしまうだろう。
 ところがこの娘も一人娘なので、嫁には出せない。
 困った二人はきっと心中をするだろう。
 自分の長屋から心中を出すわけにはいかない。
 だから、仕立屋に家は貸せない。”
と、言う。
仕立屋が諦めて帰った後、今度はやたらと威勢の良い男が借りに来る。
あまりに威勢良く ぽんぽん言うので、
”お前さんの商売は?”
”鉄砲鍛冶だ。”
”道理で、ポンポン言い通しだ。”


 志ん生は 搗屋幸兵衛(つきや)として演じた。途中までは同じだが、貸家を借りに来た「つき屋」に対して、以前「搗屋」がつく振動で位牌が回ることによって、それを気にした女房が死んじゃったから、女房の敵だと言い出す話となっている。



2005年5月17日(火)23:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

「寝床」

寿司屋での落語会、出席できなくて残念だった。
出し物は「寝床」 「替り目」で、どちらも好評だったらしい。

「寝床」はとても有名な話で、
 
 日本橋は横山町に呉服屋のご主人がおられて、実に温厚な方だったのですが、ただ一つ問題は、義太夫がお好き。好きなのは構わないのですが、お世辞にもお上手とは言えない。ところが、困ったことに、ご自分では免許皆伝だと思われているものですから、夜になると、店のものを集めてお聴かせになる。

 店の者や、店子は、影ではあの恐ろしい義太夫を聞かされて、患ったとか、地獄の雄叫びとか言って散々で、それを聞かされるのを、とても恐れていて、仕事があるとか言って、逃れようとする。するとご主人は怒り狂ったから、皆しぶしぶ聴くことになった。
 
 その夜も、声を張り上げていると、店のものがシーンとなる。感に堪えて聴き入っているのだろうと、ひょいと見ると、みんな寝てしまっている。怒った主人が、ふと見ると、12、3の小僧さんがしくしくと泣いています。

「お前は偉いねぇ。だいの大人が、不作法にも寝ている中で、お前だけが義太夫の悲しいところに身につまされて泣いているんだね。もう泣くんじゃない。どこが悲しかった? 『馬方三吉子別れ』のところか?」
「そんなとこじゃない」
「それじゃ、『宗五郎の子別れ』か? そうじゃない? どこだい?」
「あすこです。あすこなんです(と、左手で前方をさす)」
「あそこは、あたしが義太夫を語ったところじゃないか」
「あたくしは、あそこが寝床なんです」




寿司屋に行くたびに、二階を改築して、寄席の席にするように奨めているのだが、なかなか決断しなくて・



2005年2月17日(木)01:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理

「道具屋」「宿屋の仇討ち」

今日は落語の会で、演目は「道具屋」「宿屋の仇討ち」道具屋のほうは前座話で軽い話で、与太郎さんがむちゃくちゃする話だったが、今日の師匠もやや軽くやってた。
 
「おい、亀吉、ちょいと明日、店を開けることになったんだが、そのあいだ、店番してくれないか」
「あぁ、いいよ。なにをすればいいんだい」
「なに、大したことじゃない。おまえ、目は利くかい?」
「ああ、目は利くよ。おじさんの後ろで、猫があくびしてるのなんかよく見える」
「ばか、そうじゃない。早い話が、ここにある鉄瓶、これがふめるか」
「踏めるよ」
「お、偉いなぁ、それじゃあふんでみろ」
「お湯が煮立ってるじゃないか」
「煮立ってたっていいじゃないか」
「よくないよ、踏んづけたら火傷するもの」
「足で踏むんじゃない、目でふむんだ」
「目で?」
「分からないやつだな。いくらか値が付けられるかと聞いてるんだよ」
「なんだ、それならそうと最初からいえばいいじゃないか」
「わかるか?」
「わかるわけない」
「威張るようなことじゃないだろ。まぁ、いいや。ここに元帳がある。これに値段やなんやかやが全部書いてあるから、それを見て、例えば五百円と書いてあったら倍の千円ぐらいで言いな。向こうがまけろと言ったら二、三百円引いても、少しは儲けが出る。儲けはおまえの駄賃にしていいから、元はこっちに入れとくれ。それじゃあ頼んだよ」

 と任せたはいいものの、客との掛け合いは予想通りドタバタしたものになり、すったもんだのあげく、鉄砲の値を聞かれて、「へい、音はズドン」

宿屋の仇討ちのほうはなかなか良い出来だった。

旅のお侍が、宿屋にやってきました。侍は、疲れた体を休めたいので、静かに寝られる部屋が欲しいと言います。宿屋の者は、奥の部屋に侍を通しますが、悪いことに隣の部屋には、江戸からの3人連れが泊まっています。

 江戸っ子が3人も揃っているわけですから、うるさいのうるさくないの、ドンチャン騒ぎをするわ、相撲を取るわと大騒ぎでございます。夜になったらなったで、自分達の女遊びの話で大いに盛りあがります。その中の1人、源兵衛さんが、

「こう見えても、俺っちは、その昔、川越の方で、石坂って言うお武家の奥さんといい仲になっていたんだが、こういうことはそのうち亭主にバレルと言うもの。相手は武士だろぅ。見つかった、はいすみませんじゃあ、すまない。手打ちにしてくれるなんて言い出したもんだから、こっちも黙って斬られるわけにいかない。相手の刀を奪ってブスリ。あれからもう5年も経つのか。いまでこそ、俺もおとなしくなったけど、昔はそれなりに悪だったのよ」

なんて、たわいない話で盛りあがっております。

 さて、これを隣で聞いていたお侍が。店のものを呼んで言うには、拙者は川越藩の家中の者で石坂と申す。先年討たれた弟の敵を討つため諸国を歩いていたが、ついに仇を見つけた。ここで斬りこんでも構わないのだが、それでは当家に迷惑をかける。ついては、明朝まで逃げないように縄で縛っておいて欲しい。もし万が一、彼らが一人でも逃げたら、当家は皆殺しにするから、さよう心得よ。

 さぁ大変。宿屋の者は自分達が斬られたらたまらないと、3人を縛り上げます。

 先ほどまで威勢の良かった源兵衛さんは、真っ青になって、さっきの話は全くの口から出まかせ、まさか本当にそんなことがあるなんて思いもしなかった。だいいち、自分はケンカはからっきしで……なんて、半べそかきます。

 翌朝。店の者がどうなることかと恐る恐る、お侍を起こしに行きます。お侍は、さっぱりした顔で店の者に礼を言い、さっさと宿を出ようとします。店の者が、昨夜の源兵衛はいかがいたしましょうと尋ねると、お侍は、自分には弟などいないと言います。それじゃあ、昨夜の話は……と店の者が聞くと、

「あれぐらい申さんと、拙者が寝かせてもらえんからな」



2004年9月21日(火)23:19 | トラックバック(0) | コメント(0) | 落語 | 管理


(5/5ページ)
最初 1 2 3 4 >5<